GOLD RUSH!
大食い絵本1
インターホンが鳴ったので、お客さんを出迎えた。
「やっほ、小鳥ちゃん」
そう言って私を抱きしめたのは、数か月ぶりの葉湖さんだった。
「うわー久しぶりじゃないですか。どうしたんです?」
京都からわざわざ出てくるなんて珍しい。素直に驚きつつ苦しいと肩をタップすれば、「おっと悪いね、あたしの豊満なお胸に埋もれさせちゃって」と笑いながら放してくれた。私はともかくそれ、母に言ったら殴られるぞ。
「鷺江さんに頼まれたんだよ。鶫ちゃんは居る?」
「いますよ。…お母さん、葉湖さん来たよ!」
鶫ちゃん、というのは母の名前だ。因みに母には雀ちゃんという名前の姉が居る。人のことは言えないが、鳥である。しかも母の旧姓は鳥生(とりい)なので、どこまでも鳥である。
鷺江さんは、京都に住む母方の祖母。元々葉湖さんの実家である梳櫛と母の実家である鳥生(とりい)には交流が有り、母と葉湖さんはそこから知り合ったと聞く。商売が被っているわけでもないし、どんな経緯で交流が生まれたのかは謎だ。
「あー葉湖ちゃん!上がってもらってー!」
「……だそうです」
「あいよー」
リビングから顔も出さずに言う母に従って、私は葉湖さんをリビングへと案内した。
「客が来たときくらい韓ドラ見るのやめなよ…」
テレビの画面を食い入るように見つめている母に溜息を吐くと、葉湖さんがばしばしと肩を叩いてくる。
「あたしも好きだから構わんよ。これ渡しに来ただけだし?」
「えー?」
これ、と言いながら葉湖さんが母に突き付けたのは大きめの白い紙袋で、中を覗き込んだ母は「げっ」と呻いて顔を顰めた。
あの能天気な母が顔を顰めるとは、一体何が入っているやら。珍しい顔を見たと笑って、キッチンに向かう。
三人分の緑茶を淹れて戻った時、葉湖さんは既に居なかった。韓流ドラマはアメリカのホームドラマに変わっていた。
「……お母さん」
「ああ、葉湖ちゃんなら帰ったわよぅ。ほんとにこれ渡しに来ただけみたいねー」
胡散臭げに紙袋をつつきながら言う母に、また溜息を吐く。
「お茶、二人分飲んでね」
自分の湯呑みだけ取って、緑茶の入った湯呑みを二つ乗せた丸盆を、ローテーブルの上、母の目の前に置く。
「はーい」
(残念だなー…)
帰るのが早すぎる。狐火、また見せてもらおうと思ってたのに。
珍しくがっかりしていることを自覚しながら、立ったまま自分の湯呑みに入ったお茶をあおった。伽村くんなら火傷して涙目になるだろう熱さだった。
「あ、小鳥」
「ん?」
たん、と盆の上に湯呑みを戻したところで、声を掛けられる。
先程葉湖さんが母に向かってしたように、母が私に向かって紙袋を突き付ける。
「これ。あんたのバイト先に売っちゃって」
あそこ、隅っこの方で古本の買い取りもしてるでしょ、と。
どうやら紙袋の中身は本だったらしい。
「良いの?」
たった今受け取ったものを、直ぐに売り払うというのは常識的にどうなんだろう。
首を傾げて母を見れば、ゴーイングマイウェイな台詞で返される。
「良いの。これは私のものなんだから、私がどうしようと自由なの」
「まぁそれなら」
本人がそう言うなら、別に良いか。
どうせ明日もバイトだし、大した手間でも無いので軽く引き受けておいた。
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