GOLD RUSH!
歩くフランス人形4
性別問わず視線を掻っ攫いながら廊下を歩く田中さん。私に気付くと小走りに寄って来て、朝から華やかな微笑みをくれた。癒される。
「おはようございます、椋告さん」
「おはよ、田中さん」
マイナスイオン出てるなぁ。人間味が無いくらい整った顔だけど、表情が乗ると違う。
「椋告さんがお父様と知り合いだということを知らなかったので、私はとても驚きました」
日本語上手いけど、やっぱり教科書を訳したみたいな喋り方だ。
「ちょっと話しただけだけどね」
「はい。だからお父様は、もっと椋告さんとお話したいと仰っていました」
父親に対して『仰る』って言い回し、なかなか聞かないなぁ。お嬢様っぽい田中さんの雰囲気だと違和感が無いけど、現代日本ではそれが違和感だ。
「そうなの?」
「はい。椋告さんのアルバイトがお休みの日は、いつですか?」
少なくとも表向きは純粋な笑顔で訊ねられて、私は今月のシフト含むスケジュールを思い浮かべた。バイトと約束が入って無くて、一番近いのは。
「今日」
「では、放課後に私の家に来ませんか?」
期待のこもった眼差しを向けられて、いつも通り、へらっと表面の笑みを浮かべる。
「まじで?行く行くー」
なんか田中さん家って、螺旋階段とかシャンデリアとか有りそうなイメージだけどどうなのかな。
んで昼休み、楽しみだねーって笑っていると、みな子がじっとりした視線を向けて来た。
「いつの間にか仲良くなってるぅー。どういうことこっちゃん」
不服そうなのはみな子だけでは無い。魚沼さんもぴるぴる震えながら私の服の裾を掴んでいる。いやこれは伽村くんの視線のせいか。
「田中さんのお父さんと知り合いだったことが発覚しましたー。ね?」
「はい。お父様が椋告さんとお話したがっていたので、今日家にお招きすることになりました」
ええっと声を上げたのはみな子だけでは無い。
「「いーいーなーぁ」」
声を揃えて羨ましげな双子に、「田中さん家って凄そう」と会話を広げる操と莉子。それは私も思ったよ。
田中さんは控えめな天使の微笑を見せた。
「次は皆さんでいらして下さい」
あ、みな子がハート撃ち抜かれた。
そして放課後、私は田中さんと帰路を共にする。
次から次へと話題は尽きない。脈絡も無く飛ぶ会話はこの年頃では当然のことで、話題の変化についていけないということも無い。
「ふふ、みな子さんがそんなことを?」
「そうなんよー。あれは笑ったね」
ぺらぺらと特に何も考えずともよく回る口には、自分でもたまに感心する。普段からこうだから、もう勝手に動くのは癖になっているらしい。
夕日に伸びる影は二つ分で、どちらも制服を着たただの女子高生のシルエットをしているのが妙に不思議だった。
人と変わらないように見える、田中さんの中身が気になってくる。
「ここです」
「うわ大きい」
足を止めて見上げた屋敷に素直に感嘆する。それは白い外壁の洋館で、建物と土地と合わせてのお値段はいかほどのものですかと聞きたい。
流石にそんな下世話な質問しないけど。
「そうですか?」
わかっていないらしい田中さんがすたすたと足を踏み入れていくので、半開きの口を閉じて後に続いた。
どうやら土足OKらしい。異文化を感じる。
きぃ、と小さな音を立てて扉が開いて、招かれるままに穂を進める。と、扉が閉じると同時に、直ぐ隣で何かがどさりと崩れ落ちる。
嫌な予感を覚えながら隣を見ると案の定、田中さんが高そうな大理石の床に転がっていた。
「こんにちは、椋告くん」
(……えー)
エントランス正面の螺旋階段を下りて来た黒衣の影に、頬が引きつる。
しかしまぁ、挨拶されたなら返さねば。
「お邪魔してまーす」
星が飛びそうな女子高生仕様の口調で言うと、意外そうに跳ね上げられた眉。やはりその仕草は演技がかっている。
私は田中(父)と田中(娘。倒れている)を交互に見て、田中(父)に訊ねた。
「あのー、救急車呼んだ方が良い感じですか?」
何、この展開。
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