GOLD RUSH!
大食い絵本8
「酷いなぁ。あ、次が来た」
倉間が目を細めて頭上を見た。何かが落ちてきているのを確認して、私はその場から五歩離れた。
結構な勢いで落下してきた物体を、倉間は自分の鞄で殴って弾き飛ばした。フォークを持った右腕だった。
「あひるたんフォーク…」
「動体視力良いね」
ぎゅっと握られた銀色のフォークの柄には、白と黄色のあひるがデザインされている。
“あひるさん”と言うより“あひるたん”と言いたくなるデザインだ。子どもの腕だから違和感は無いけど、すっごいシュールな絵面。
「というか、あひるたん?」
「そんな感じじゃない?」
「解るような解らないような」
倉間は新しく落ちて来た腕を踏みつけながら、うぞうぞと蠢くそれを観察している。嫉妬する程きめ細かく白い肌の腕が、土に塗れてもがく。
ふと、その地面に影が落ちるのを見つけた。
「倉間」
呼び掛けると、きょとん、と。無防備な仕草で首を傾げられる。
「何かな」
「来た」
上空を指差しながら、地面に映る影が大きくなっていくのを眺めた。今度は足か、首か、ひょっとして胴体か。
若干わくわくしながら見上げると、倉間が私の腕を掴んだ。
「危機管理くらいしてくれないかな!?」
そんなに慌てるなんて珍しい。結構な速度で走って退避すると、背後から轟音が響く。
土煙が薄く漂ってきて、再び好奇心につられて振り返ると、小さな少年が立っていた。俯いているから、右巻きの旋毛が確認できる。白人の男の子によく見られるタイプの巻き毛だ。
――ぐるん、と。
此方を向いた少年が、小さく首を傾げるのが見えた。少年の立つ位置から、徐々に植物が枯れていくのも。
「倉間あれ倒せないの? 神通力みたいなので」
「やだ疲れる」
「じゃあ仕方ない」
嫌いな人間の為に貴重な力は使いたくないという気持ちは理解できるので、それ以上言わないことにする。
「でもどうすんの」
「小鳥ちゃん倒しなよ」
「触ったら溶けるじゃん」
スライムにはなりたくないと大真面目に言うと、倉間は溜息を吐いた。
「じゃあ仕方ない」
「真似すんな」
「まねすんなー」
……今、声が、一人分多かった気がするんだけど。
「ちょっと後ろ確認してくれない?」
「確認するまでもなく、エイリアンがけらけら笑ってるよ」
隣を走る倉間の横顔が、薄く笑っている。どういう意味を含んだ笑いなのかは判別出来ないが、碌なことじゃないのは確かだ。
がくん、と、いきなり横に引っ張られてよろけると、視界の端をあひるたんフォークが飛んで行った。ぴりっと一瞬痛んだ頬から察するに、どうやら先端が掠めたらしい。
「もしかしてピンチ?」
「俺は兎も角、小鳥ちゃんは絶体絶命だねー」
ねーとか語尾を伸ばして言えちゃう程、倉間にとって私の命は軽いものだ。私に限らず人間相手なら皆そうなんだろうけど、あまりにも呑気な言い様に寧ろ感心してしまう。
とりあえず、触っても溶けることの無い倉間を盾にしようと、倉間の後ろに立つ。
「志摩くんが怒りそうだなぁ…」
デッドオアアライヴを共にするのは恋人じゃないと駄目だって。
――あぁ、あのぞくぞくする笑顔が見たい。
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