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ベリィライク
わらう?

こんなに暴れたんだなぁ、と部屋を見て溜息を吐く。テレビを投げ飛ばしたことなんて記憶にも無い。写真立てを机から叩き落としたのは覚えてるけど……とにかくこの部屋の荒れ具合が、そのまま先程までの僕の心情を物語っていた。
小唄にははっきりと手伝わないと言われてしまったし、まさか他の人間にこの部屋を見せるわけにもいかない。もう一度溜息を吐いて片付けに着手しようと足元の硝子を拾った瞬間、自分が何を思ったのか気付く。
僕は、小唄に頼りきりで。

他の人間にこの部屋を見せるわけにはいかない。
ましてや、母さんになんて、もっと。

例えば、母さんが僕を置いて、いなくなってしまったなら、きっと僕は直ぐに壊れてしまうだろう。一瞬で粉々になって、何をするにも気力が湧かなくて、ご飯を食べる気にもならなくて、取り繕うことすらせずに、その内倒れる。でも小唄が側に居るなら、きっとなんとかしてくれるだろう。その昔、母さんを女性として愛している事に気付いて怯えていた僕を、すくいあげてくれたように。

でも、小唄がいなくなってしまったら。
僕は相変わらず母さんを愛して、愛し続けて、同じベクトルの愛が絶対に返されない事に鬱屈して、その捌け口もなくて。きっと母さんを失った場合よりもゆっくりと静かに、けれど確実に壊れていく。母さんに心配を掛けたくないから取り繕って、表面には出さないから誰も気付いてくれなくて、修復不可能なまでに壊れる。そうなったらもう、誰にも、助けることなんて出来やしない。

「そんなの、駄目だ……」

小唄が離れていくなんて有り得ない。小唄のことを、本当に知っているのは僕だけだから。でも、こんな風に僕が依存していることに気付かれてしまったら。僕の執着に気付かれてしまったら。
或いは共倒れになりかねない状況を、小唄が容認するとは思えなかった。
――怖い。
小唄は自分で思うよりはお人好しだけれど、それは彼女の自覚している以上にというだけの話で、一線を踏み越えようとする相手を遠ざける遣り口が殆ど冷徹と言って良い狡猾さであることには違いない。何故なら小唄は、心に寄り添う人を必要としていない。いつでも他人を切り捨てられる。周囲からの反感を考慮して、あからさまに離れていくことはないだろうけれど、自分にとって害になるものを側に置くなんてことは、絶対にしない。

僕から小唄が離れることは有り得ないと思っていた。僕がマザコンだからって、小唄には何の害も無いから。
でも、僕が小唄に依存している事は。



「ねぇ小唄」

三日後。僕は小唄の部屋で漫画を読みながら、彼女の様子を窺っていた。

「なに」

顔と上半身だけ此方を向いた小唄に向かって口を開く。

「倦怠期、してみない?」

あんなことに気付いてしまったのは、ここ最近の距離感が近くなりすぎていたからだろう。このままではいずれ不安が態度に出そうで、やたら他人の機微に鋭い彼女に悟られる事は必至だった。
好奇心に動かされたような顔をして提案すると、小唄は呆れ顔をした。

「は?」

また何か妙なこと言い出したぞこいつ……と、感情がそのまま顔に出ていた。

「ちょっと倦怠期を挟んだ方が、リアルじゃない?」
「まぁ確かに」
「だから倦怠期しよう」
「……具体的には?」

ほぼ諦めの入った眼差しで問われ、僕はにっこりと笑う。

「ほんとに相手が自分を好きなのか疑ってみるんだよ」

幼馴染から恋人になった二人。けれど今までと殆ど変わらない関係に、お互い不安になる。もしかしたら、一緒に居て楽だから選ばれただけで、本当は自分に恋しているわけでは無いのでは?そんな疑心暗鬼から、擦れ違う毎日。

「それ今読んでる漫画の内容でしょ」
「うん。これはいけると思って」

そもそもお互いに恋しているという前提からして違うけど、対外的にはこうなってもおかしくない関係なわけだし。

「たまに基を馬鹿じゃないかって思う」

――僕もそう思う。
それでも小唄は、僕を笑わないんだね。





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