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ベリィライク
うそつき。



見知った後ろ姿をいつもの公園のベンチに発見して、携帯電話の通話を切った。弓道その他をやっているからかいつも伸びた背筋が、珍しく曲がって、しおれた向日葵のようにみっともなく項垂れている。
さびれた遊具がもの悲しげに佇むだけの場所は、けれど子どもにとっては格好の遊び場だった。春風に押されてきぃきぃと揺れるブランコは、芽吹きの季節にふさわしくほのぼのと暖かい風情を醸し出している。
足元を舞う砂埃が靴の中に入るのを気にしながら歩を進め、ベンチまで五メートルのところで立ち止まる。

――あのときも、こうだった。

幼い日、よく訪れた公園。自暴自棄になって暴れた後、基はいつも此処に来る。初めて、自らの母親に対する想いを自覚したあの日も。

『僕はおかしいの?』

それがいつのことだったか、基は覚えていない。寒空の下何時間も公園のベンチで悩み続けた彼は、その後酷い高熱を出して入院までする羽目になり、退院したときにはすっかり自分の醜態を忘れていた。
それから少しずつ、基が感情を自分に馴染ませていくのを、私は見ていた。
忘れてしまった基の激情が恐ろしく、それから私は無意識に、自分の感情にセーブを掛けるようになった。臆病だから深入りしないし、好きでいるのは自分だけで良い。誰も私を傷付けないように、誰をも大切にして、適性距離を測るようになった。漸く基が自分の感情を認めた頃には、既にそういう生き方が染み付いていた。

ざ、と砂が鳴る。
蒼白な顔が振り返る。
泣きはらした目がいかにも哀れだったのに気付かないふりをして、軽く笑みを浮かべひらひらと手を振った。

「お迎えに来ましたよ」
「からかうなよ。彼氏出来ないぞ」

眉を顰めた基は、今は自分が私の彼氏だということを忘れているのだろうか。
何はともあれ肩を竦めて返答した。

「既にいるし」
「…うん。知っていて言ったから」
「だよね」

いつかと同じようで微妙に違う遣り取りをして、基の正面に回る。あと三歩で触れ合える距離で立ち止まる私を見上げ、基は眩しげに目を細めた。

――不安定だ。
基だけじゃなくて私も、いつだって心の底では崩れ落ちそうな足元に怯えて、けれど気付かないふりをしている臆病者だ。だから変わらない何かを求めていて、それは定型文になった会話だったり、“二番目”という保険だったりする。
繰り返し、繰り返し。そうやって“当たり前”を作ることで安心するのは誰だって一緒なのかもしれない。貫き通せば嘘も真になるという、それを信じて。

「小唄」

静かに、基が私の名前を呼んだ。
差し出された左手を掴んで、引き上げる。

「ん」

立ち上がった基の顔面に、レモンティーのペットボトルを押し付ける。

「…小唄」

低く唸って、基は私のコートの襟を掴んだ。軽く首がのけぞる。

「有り難う」
「レモンティー一本で、そんな真剣にお礼言われるなんて」

耳元に落とされた一言は笑い飛ばした。大したことじゃない。大したことはしていない。次は基が飲み物を奢ってくれたら済む程度の話。そういうことにしようと決めて、そういうことになった。
察したのだろう、基も頷く。

「帰ろうか」
「帰ったら部屋の片付けが待ってるよ」
「ねぇ、やっぱり手伝ってくれたり」
「しない」
「冷たいなぁ」
「…」

私を作ったこの男に、ふいにお前なんか知らないよと言ってやりたくなって、けれど口を噤む。
いつも通りに歩き出し、穏やかで優しい風が溜息を攫って行った。





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あきゅろす。
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