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ベリィライク
きみがわるい。



憧れと言うのは、恋に一番近い感情なのだ。誰かが言っていたのか、はたまた何かの本で読んだのか、それすらもわからないけれど、頭の中にこびりついて離れないその一節。
僕の憧れは勿論母さんで、他のものを視界に入れるすらも無く、恋慕や情愛は全部母さんに捧げている。
僕にとって“女の子”は母さんだけ。だから、その教えが僕を苛むこともあった。

“もとくん、女の子には優しくするのよ?”

…僕の“女の子”は母さんだけなのに、どうして?
理不尽だ、なんて、思ったりして。どうしたらいいかわからなくなって、喚き散らした事も有った。

“なら皆に優しくして、基の“女の子”には特別優しくしたら良いでしょ“

あっさりと認めて、救いの言葉をくれたのは小唄だった。面倒くさそうに、突き放すような口調で。
いつもそうだ。小唄はさらりと何でも無い事のように、救いをくれる。実際、僕の悩みは今になってみれば大抵が何でも無いような事で、小唄は当然のことを当然に口にしただけだ。けれどその当然を見つけることが僕は苦手で、だからいつだって彼女に頼っていた。

――僕、母さんのことが恋愛感情で好きみたいだ。

初めて小唄に打ち明けたとき、そこに勇気は必要なかった。拒絶は有り得ないと知っていたから。だって僕が母さんを好きだという事実は、小唄を傷付けるものでは無い。小唄は自分を傷付けないものを否定しない。

――今更気付いたの?

小唄は僕の鈍感さに驚いていた。僕が母さんをそういう意味で愛しているということは、小唄にとって既に当然の事実だったのだ。
良かった、と僕は微笑んだ。面倒くさそうなだけの小唄の表情に、嫌悪感とか、そういったものは見えなかったから。想像通り、だけど現実になれば安心する。



ふいに、そんな昔の事を思い出して、鼻の奥がツンとする。部屋の掃除は一人でしろと言われたし、どうせ小唄は僕に甘ったれるなとか思っているんだろうけれど、昔と変わらないその距離感にほっとした。

「ねえ、小唄」

電話の向こうに居る小唄に、虚ろな声で笑い掛ける。

『うん?』
「初恋は叶わないって、本当だったね」

僕は少しだけ泣いた。
小唄はいつもと変わらず、厳しい台詞を吐いた。

『――甘ったれ』
「うん。言われると思った」

そうして僕を許してくれた。僕が彼女を害することはないから、僕が彼女に拒絶されることもないのだと知っている。
僕たちは恐る恐る互いに距離を測りあいながら、ぎりぎりの境界線を見極めて日々を過ごす。気を許しているように見せかけて、実際のところほんの少しの緊張感がある。幼馴染であると同時に、お互いの秘密を知る共犯者だから、気心は知れているけれど全てを許してはいない。それでももしかしたらいつのまにか近付いていて、とっくに自分の内側に入れているような気がする。
内側に入ってしまった僕は、きっと何気ない言動で彼女を傷付けることが出来る。僕は気付いているし、僕が気付いていることに、彼女も気付いている。それでも何も言わない。
小唄だって同じように僕を傷付けることが出来るのに、傷付け返されたくないから決して傷付けない。そういう状態を保っている限り、気付かないふりで遣り過ごしたって何の問題も無いと思っているんだろう。
僕はずるいから、彼女が何も言わないなら側に居て、優しさにつけ込む。

――ずっと、隣で。
だから小唄だけは僕を愛さないで、けれど好きでいて欲しい。我儘だという自覚はある。それでも本気で願っている。そして僕は、小唄が僕を裏切らない事を知っている。
僕の一番は母さんだ。そこだけはきっと変わらない。
そして二番目も、小唄がそこに居てくれるなら、保っていられる。

優しすぎる君が悪いと、言ったら怒るかな。
携帯電話を畳んで苦笑する。母さんを愛していることだけは確かだけれど、それが暴走するのが怖くて震えるのは度々ある。だって僕の家族は母さんだけだ。家族なのに好きになってしまったから、全部が家族になれなくて、結局どこか独りのような感覚を忘れられない。
いつも手を引いてくれた母さんは、僕を息子だと思っていて、家族だと思っていて、僕が暴走したらそれすらなくなってしまうんじゃないかと怖くなる。気付かれているんじゃないかと怯えながら期待する。だから一人になるのが怖くて、誰かを引き摺りこんで、双子みたいに寄り添うことで安心していたかった。そんなずるい僕が選んだのが小唄だった。

後ろから近付いてくる砂を踏む足音に、漸く安堵して、深く息を吐いた。





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あきゅろす。
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