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ベリィライク
たちがわるい。



今日は綾子さんの帰りが早いと、基が嬉しそうに言っていた。毎年バレンタインは苛ついている基だが(それもどうしようもない理由で)、今年は少しマシな様子だった。
思いがけない人からもバレンタインのお菓子を貰ったので、私は追加でクッキーを焼くべく、同じ理由で買い物をしたいという理瀬と祐美と一緒に遊んでから家に帰った。高月家の前を通り過ぎると、基の部屋の電気がついていなかった。不味いなと思って、無塩バターやゴマを片付けてから基の様子を見に行けば、案の定だった。

「うわ…」

予想していたとはいえ、まるで強盗にでもあったかのような有り様に息を吐く。壁に貼られたポスターはズタズタに破れ、机の上に有った筈のノートやテキストは纏めて床の上に叩き落とされ、テーブルも椅子も、テレビまで横倒しに転がっている。一部壁が凹んでいるのは、位置的にテレビを投げつけた跡か。怪力め。
荒れ果てた部屋。部屋の主の暴れっぷりが目に浮かぶ。視界に入ったもの全てを、無表情でなぎ倒したのだろう。盛大な八つ当たりだ。
容易に想像がつくのは、昔よく見た光景だから。プッツンしたらしばらく歯止めがきかず、本人が落ち着くまで待つしかない。今頃冷静になり掛けて、頭を抱えて自己嫌悪で落ち込んでいるのではなかろうか。
くるりと部屋のドアに背を向けて歩き出す。さぁ、基はどこだ? 携帯を取り出して電話帳から基を呼び出す。迎えに行くのも、いつも私の役目だったから。
今日は、何コールで繋がるだろう。さぁ、いち、にい、さん…脳内で数えていると、八回目のコールが途中で止まった。

「基」
『…こ、うた?』

名前を呼べば、ただ戸惑うような声が返ってくる。

「そうだよ」

肯いて、本人の中で言葉が纏まるまで待つ。強引に答えを求めれば、基は全てを吐き出せない。

『小唄…、母さんが、結婚しちゃう』

傷付いたような声なのに、涙の気配は無い。あぁ、また。泣いてないな、馬鹿。

『幸せそうだったのに、喜べない…っ!』

恋を理解できない私が下手な慰めを掛けるのは逆効果だろう。恋って面倒くさそうだ。ただの所有欲ならまだ解るのに。

『どうして…』

――どうしてあの人を好きになっちゃったんだろう…。

呆然とした声は、それが禁忌であることに今初めて気が付いたかのようで。溜息を堪えてこめかみを押さえる。

(理由なんか要らないって、あんたが私に言ったのに)

どうして自分以外の存在にそこまでの執着を抱けるのか。心底疑問で、問い掛けたことがある。そのとき基は、なぜとかどうしてだとか、愛に理由を求めることが既にナンセンスなのだと、満面の笑みで高らかに語ってくれたのだ。馬鹿馬鹿しいと思ったのも確かだけれど、彼が言うのだからそうなのだろう。私はそう認識していた。
それなのに――、

(今更理由を求めるのは、ナンセンスじゃないの?)

撤回などさせない。理由なんてものが在るなら、今頃私は私以外の誰かを愛していただろうから。

「あんたが今更それを否定するのは、私が許さない」

そして禁忌であろうと、基が綾子さんを愛することを、私は許す。
私にとって、基が綾子さんに向けるものこそが『愛』だ。誰かへと向ける愛の、在るべき姿だ。その姿勢のままに感情を向けるのであれば、誰が誰に対してであろうと、それは愛だと納得するしかない。そういうふうに、私は基から愛の姿を学んだ。

「基がそうなら、その悔しさも愛の一部なんでしょ」

基が綾子さんに向ける感情の全ては、結局のところ愛でしかないのだと知っているし、信じている。そうでなければ私が困るのだ。

『好きな人の幸せを喜べないんだよ?』
「まだそんなこと言ってたの? 必要なのは、喜ぶことじゃ無いよ」

感情に、おかしいもおかしくないも無い。湧きあがる感情はただの現象で、そのひとにとってのひとつの現実に過ぎない。無理やり喜ぶ必要など無いのだ。

「結婚が綾子さんにとって幸せなことだって、基は認めてる。綾子さんの結婚を、理性では納得してるでしょ?」

必要なのは、認めること。認めたならば後は、難しいけれど、時間さえ経てばどうとでもなる。自力で立ち上がれる。それまでは――いや、それからも想うことくらいは許されて良い筈だろう。誰かが抱く感情を咎める権利など、誰にも無い。息子という立場上知られてはならない想いだとしても、基がそれを胸に秘めておく限りは許される。許されているのだから何も問題は無いのだと、そのうち自分で気付く筈だ。

「だから、大丈夫」
『小唄…』

驚いたような声は、一先ず落ち着いたのだろう。間の抜けた基の表情が目に浮かぶようで、口元が緩んだ。

「部屋、凄い汚いから。片付けなよ」
『………手伝っては、くれないよね…』

当たり前だ。甘えるな。





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