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ベリィライク
すき。



今年のバレンタインは、例年に比べて楽だった。こんなところでも偽装恋人大作戦は効果を発揮したらしい。けれど小唄に渡された紙袋の半分くらいまでは、やはりお菓子が埋まっている。恋人がいようといまいと同性には渡しやすいのか、小唄は例年通りの量を貰っていたが。
解りやすい好意の形。簡単に伝えられる想いの塊。僕はチョコレートが嫌いだ。この時期になると憎しみすら湧くくらいには。今年は特に。
「はい、いつもの」と今朝渡された小唄のセサミクッキーは、お歳暮みたいなものだ。人間関係を円滑にする為の便利なアイテムとして、小唄は毎年クッキーを焼き、僕はおこぼれにあずかる。それから昨日のうちに貰った母さんのチーズケーキ。昔から僕が好きなもの。

「面倒くさい」

部室の隅に置かれた紙袋を見て呟く。これはどちらかといえば僕よりも小唄の口癖だが(彼女は必要以上の面倒事が嫌いだ)、今はどうしてもそうこぼさずには居られなかった。苦しいとか哀しいとか愛とか嫉妬とか憎悪とか羨望とか、色々なものがないまぜになった感情を認めてからは、少なくとも表面上は落ち着いていられたけれど、本心から全てに納得したわけではない。
ただ、もう直ぐ恋が死んでしまうことについて、一段階目の覚悟が終わっただけだ。

「何がですか?」

制服に着替え終わった栄太が不思議そうな眼差しで見上げてくるので、僕は苦笑して誤魔化した。



今日は母さんも出勤日だから、家に帰っても誰も居なかった。「ただいま」という声が廊下に小さく反響して、僕の靴音にぶつかって消えた。小唄も今日は友達とバレンタインの追加用(くれると思っていなかった人へのお返し)の買い物に行くと聞いていた。出掛けたい気分でも無いし勉強をする気も起きないけれど、じっとしているのも落ち着かなくて、家のことをしようと思い立つ。二階の奥の部屋から順番に掃除機を掛けた。
母さんの部屋に入るのは久しぶりだった。カーテンの柄も化粧台の位置も前と変わっていなかったけれど、知らない服や香水、化粧品が増えていた。玄関まで掃除機を掛け終えて部屋に戻った僕は、ベッドに寝転がって溜息を吐いた。泣けなかった。
落ち着いたと思っていたのに、そんなのは表面だけで、今の僕はみっともなく動揺していた。
携帯談話が鳴った。

「――どうしたの、母さん」

それは母さんからの電話で、僕は身体を起こしてベッドに腰掛ける体勢になる。

『もとくん。部活終わったのね』
「うん」

電話に出ると、いつもよりも明るい調子で母さんが喋り出す。なんとなく、履いていたジーンズの膝のあたりを引っ掻く。

『今日ね、龍真さんと夕飯を食べて帰るから、ちょっと帰りが遅くなるの』

だと思った。

『夕飯、自分で出来る?』
「うん、大丈夫だよ」
『簡単なもので良いから、ちゃんと食べてから寝るのよ?』
「解ってるよ。食べないとお腹が減って眠れないよ」
『高校生だものね』

ふふ、と電話口で笑う声がする。その息遣いが妙に耳についた。いつもより幸せそうで、明るくて、疲れの見当たらない笑い声。良いことだ。

「うん。デート、楽しんできて」

僕も笑って通話を切った。通話と一緒に緊張の糸も切れたのか、手から力が抜ける。
ふと携帯電話の画面に視線を落とすと、そこには通話記録が映し出されていた。一番上に乗っている名前は“母さん”だった。
――そこから先は、記憶が曖昧だ。



槻代さんの携帯には、母さんの番号は“綾子”で登録されているんだろう。



面倒くさいと言って、小唄のように全てを他人事にして、自分だけを大切に出来たら。そう思ったことが無いわけじゃない。けれど、そうやって生きるには、僕は不器用すぎた。人を好きにならずにはいられないし、好きな人には近付きたいし、例え自分のものにならなくとも側に居たい。その為ならどんなに苦しんだって良い。母さんの為なら何でも出来ると思っているし、事実、自分を騙して笑うことだって。
本当は覚悟なんて出来ていなくて、自分を騙して笑っているわけじゃ無くて、自分は笑いものだと知っているだけだ。けれど母さんの前ではきちんと笑っていられる、これは多分プライドだ。僕のプライドだ。母さんの為の僕で居たいと切望している、母さんの為だけに存在したい、理想形の僕である為の。でも。

「母さんが嬉しいなら僕も嬉しい」

そんなふうに言い聞かせている時点で、本音は知れたものだよな。





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