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ベリィライク
そのとき。



帰りのHR終了後、田崎に呼びとめられた。全部活動の活動日、水曜日である今日、クラスメイト達は我先に教室を出て行く。目の前に居る田崎は、体の横でぎゅっと拳を握って僕を睨みつけていた。
夏は日が長いから、窓から差し込む日差しは黄色がかってもいない。眩しいだけの光だ。今日の気温は三〇度を超えるらしいと小唄が言っていた。部活の後で更に生徒会にも参加するらしい小唄は死にそうにぐったりしていた。夏の小唄が死にそうなのは割と毎年のことだけど、母さんは大丈夫かなぁ。ちゃんと昼食を作って食べていればいいけど。いっそ素麺でも良いから何かお腹に入れてほしい。
何も言わない田崎を見ながらそんなことを考えていると、漸く田崎が口を開いた。意識をそちらに戻して、向けられた言葉に驚く。

「俺、唐菜にふられた。だから、…すぐに別れたりしたら怒るからな!」

僕の知る限り、田崎はクラスの人気者だ。顔も普通、勉強も普通、運動はそこそこ得意でノリが良く、お人好し。
と、そのくらいは認識していたけど、ここまで真っ直ぐな奴だとは思わなかった。今時いないよ。こんなに良い奴が小唄に引っ掛かるなんて、不条理だ。小唄は嫌われにくいキャラクターを作っているから仕方ないし(好かれるでも嫌われないでもなく、嫌われにくいというところがポイントらしい)、元の性格も悪くないけど、寧ろたまに無自覚なお人好しだったりするけど、絶対に一線は越えさせない頑なさに気付いたら惚れるなんて出来ない筈なのに。
小唄がもっとわかり易く変人だったら良かったのに。小唄の壊滅的な思考回路を知ってるの、僕だけだもんなぁ。
なんとも言えない気持ちで目の前の田崎を眺める。勿論小唄と別れるつもりはない。小唄が居るだけでどれほどの面倒事が回避されるか考えたら、そんなことできるわけがない。小唄が田崎を好きなら勿論祝福しただろうけど、あの小唄だ。どう転んでも恋愛なんてできっこない。田崎は小唄のある意味自己中っぷりを知らないし。

「うん。わかった」

僕は田崎に頷いて見せる。小唄とは別れられない。だって契約違反になってしまう。僕に、母さん以上に好きな人が出来るまでは。小唄が、他人を好きになるまでは。
教室を出て行く田崎はまだ小唄を諦め切れていない。昨日の今日では当然だ。けれど物分かりの良いふりをして見せるのは、男のプライドなのか。僕が評判の悪い奴だったら、きっと田崎は喰ってかかってきたんだろう。
さて、部活に行かなくちゃ。弓道場は教室から遠い。遅くなったこと謝らないと。先輩たちと後輩と顧問の先生の顔を思い出して溜息を吐く。
…あぁだめだめ、溜息は癖になるんだって母さんが言ってたじゃないか。気をつけよう。



「遅れてすいません!」
頭を下げつつ部室に入ると、着替え中の先輩方は振り向いて軽く許してくれる。弓道部は良い部活だ。クラスの男子に引きとめられた、と微妙に濁して遅れた理由を話す。
「まだ始まってないからそれは良いけど、高月」
何かあるのだろうか、はい?と聞き返すと部長はにやりと笑った。

「ついに幼馴染ちゃんと出来たって?」
「あぁ、はい」
「えー!?」

頷くと、隣で不満そうな声が上がった。後輩だった。彼も小唄が好きだった、という可能性は薄いので、仲のいい先輩に恋人が出来たことがショックなのかもしれない。僕の自惚れでなければ、彼は僕によく懐いてくれているから。部長も不満げな顔をしていたけれど、それは僕の反応があっさりしすぎていたせいだろう。悪趣味な人だから。どの辺が悪趣味なのかというと、去年盲腸で入院したときに「見舞いの花は鉢植えか仏花にしろ」と態々部員全員に命令してきた辺りが。

「照れたり慌てたりしろよ。つまらん奴だな」
「つまらなくてすみませんね」

すまして言ったら、他の先輩方が笑っていた。

「基先輩の彼女ってどんな人なんですか?」

訊ねてくる後輩に、小唄の良いところを語っておいた。つまりはのろけだ。美人だし頭も良いぞと先輩方が口を挟んできたけれど、事実なので否定はしない。
しかし比べるとしたら母さんの方が美人だと思う。






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あきゅろす。
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