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ベリィライク
あいせない。



土曜日、今日も小唄の部屋に居る。今日は龍真さんも母さんも休みで、朗くんも来ている。初めて会ったときから解っていたことだけど、龍真さんは構いたがりな性分らしい。だからこそ朗くんがドライに育ったんだろう。
構いたがりの龍真さんは、当然僕にも構ってくる。耐えられないほど嫌というわけでもないが、物凄く複雑な気分になる。そういうわけで逃げ回っている今日この頃。必然的に、友人や小唄と居る時間が増えた。今も小唄の部屋で課題を片付けているところだ。
そう、嫌いというわけじゃない。ただ、まだ直視出来ないだけで。

「基」

けれど多分、他の人なら許さなかった。

「もーとーいぃ」

耳元で低い声。

「あ、え、何?」
「何って…見て解ろうよ」

溜息混じりに言う小唄の手には、黒くて四角い盆が有った。

「鰆だ」

蒸した白身魚と、春野菜の天麩羅盛り合わせ、出汁巻き玉子にお味噌汁。しかもご飯は麦とろ飯。自家製の浅漬けがちょこんと添えられている。洋食が得意と言いながら和食まで死角無しのミチコさんお手製の昼食。見るからに美味しそうで、実際間違い無く美味しいのは解り切っている。

「正解。春を先取り定食だってさ。ってわけで、勉強道具退けて」
「うん」

喜々として机の上を片付け、盆を置く。温かい玄米茶を啜り、ほっと息を吐いた。

「ツネタカさん…凄いなぁ…」

料理上手な奥様を捕まえたツネタカさんの女性の趣味に拍手を送っていると、小唄がにやりと笑う。

「逆。捕まったのはツネタカさんの方」
「胃袋を掴まれたから逃げられなくなった、と。幸せそうだから良いじゃん」
「傍から見るとペットと飼い主みたいだけどね」

小さくてきゃぴきゃぴしたミチコさんは、確かに小型犬のようだ。ツネタカさんはと言えば、小唄を男にして黒髪に戻したような外見と、それに見合った性格の持ち主である。とても憧れる。
ぱちんと手を合わせて「いただきます」と唱和してから、青い箸を手に取った。これはツネタカさんが僕専用に唐菜家に用意してくれたものだ。

「あー、美味しい…」

ふかふかの鰆を味わってしみじみと呟く僕に、小唄が小さく笑った。勿論母さんの手料理は別枠で一番だが、唐菜家の味に慣れ親しむと、下手な店には入れない。小唄もツネタカたんも外食嫌いだ。
ミチコさんが居ないときに不味いものは食べたくないからという理由で、小唄は料理を教わっているらしい。

「そういや義弟とはどうよ」
「朗くん?」
「ろーくん」

アスパラの天麩羅に酢橘と岩塩を付けてサクッと食べながら、小唄が顔を上げた。自分の部屋での食事中に限って、彼女は妙に無防備な言動になる。自分のテリトリーだということにプラスして、食事中はリラックスするから当然かもしれない。
やたらと勘が鋭く観察力が高いところも含めて、まるで野生動物だ。

「そうだな…怖いかも」

朗くんの顔を思い浮かべ、苦笑する。彼は人の感情の機微に敏感で、龍真さんによく懐いている。僕が龍真さんを苦手としていることも察しているだろう。薄く笑みを浮かべた顔を向けられると、なんとなくぎくりと背筋が強張る。

「外面良い癖に人見知りだよね」

どうでもよさそうに結論付けた小唄は、僕を逃がしてくれたのだろう。それとも、大体の事情を既に察しているからこそ説明を求めないのか。味噌汁と一緒に溜息を飲み込んで、一瞬だけ小唄の表情を確認する。
彼女が何を考えているのか、何となく、気になった。





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あきゅろす。
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