ベリィライク
しんしん。
「メリークリスマス」
大量のタッパーを抱え、ショートケーキの乗った皿を掲げて、サンタクロースの帽子を被った小唄が言った。
「メリークリスマス。そろそろだと思ってたよ」
唐菜家からの差し入れは毎年恒例。親戚を呼んで盛大なパーティーを行う唐菜家から、小唄が逃げ込んで来るのも毎年恒例。序盤だけはきっちり付き合って、大人たちが酔っ払いだす直前に抜け出して来ているらしい。要領の良いことだ。
「ははっ、今日は泊まる」
家に戻りたくない小唄がそう宣言して、僕も「どうぞ」と苦笑いするばかりだ。ミチコさんをはじめとして、唐菜家の人間は小唄以外、皆お祭り人間である。従兄だという雅さんも、あれで意外と悪ノリが激しいタイプらしい。
受け取った料理はまだ温かく、お皿に移して二人でつつく。
「今日は一人?」
「うん。母さんは槻代さんとデート。朗くんも、彼女とデート」
「で、基は?」
「テレビ見てたけど、彼女とお部屋デートになりそうだなぁ」
「気色悪い言い方しないでくれませんかー」
思いっきり嫌そうな顔をした小唄に笑う。付き合いだしても、反応が全く変わらない。
「だって僕だけ寂しいのは嫌だろ」
周囲の人間には皆相手が居るんだから。
口を尖らせると、「可愛くない」とまた嫌そうな顔をされた。ただし家の中に入ってもサンタ帽を被りっぱなしなので、そんな顔をしても笑えるだけだ。
「つーか、普段ずっと一緒の癖に何言ってんだか」
「あはは……あ、」
確かに甘えすぎな気もしたので笑って誤魔化すと(でも好きな人とはずっと一緒に居たいんだよ!)、小唄の背後の窓越しに白いものが見えた。立ち上がって窓際に近付き、どんよりと雲に覆われた夜空を見上げる。――雪だ。
ホワイトクリスマスは何年振りだろう。今頃槻代さんは、着飾った母さんと一緒にお誂え向きにロマンチックな聖夜を過ごしているのかと思うと、殺意が込み上げる。
「母さんと一緒に見たかったなーって?」
窓の外を見る僕に、小唄がにやにやと笑いながら声を掛けた。先程までにぎやかな中に居たからか、普段より微妙にテンションが高い。
「本当にその通りだよ」
僕はしみじみと頷いた。去年降ってくれたら、母さんと一緒に見られたのに。
「仕方ないから小唄で我慢するけど」
「失礼な」
呆れ混じりの視線は、「ま、しゃーないか」と言っているようだった。僕のマザコンに関しての小唄のスルーっぷりは、年季が入っているだけあって達人の域に達している。
ふと思いついて、僕は小唄に尋ねた。
「小唄って、近親相姦に関しては全く偏見無いよね」
「まぁ、恋愛なんて等しく理解出来ないし」
「同性愛とかロリコンとかはどうなの?」
「どれも変わらん」
ざっくりと言い放ち、小唄はナポリタンをくるくるとフォークに巻きつける。
「異性が好きか同性が好きかなんて、巨乳派か貧乳派かくらいの違いしか無くない?ロリコンは手を出したら犯罪だけど、好きなだけなら害は無いし。単に好みの問題じゃん」
他人の好みに口出す気は無いよ、と。小唄は物凄い纏め方をした。ある意味流石である。自分に害さえなければ、どんなことでも気にしない。
それにしても大雑把というか、彼女は何処まで男前になるつもりなんだろうか。
「基。ホワイトソースが固まる前に食べよう」
固まりやすいパスタを片づけた次は鶏のクリーム煮を心配する小唄に従って、椅子に座り直すと、サンタ帽を被せられた。
気にせずナイフとフォークを動かせば、その音だけが部屋に響く。普段なら遠くからの喧騒が聞こえるのに、雪が音を吸いこんで此処までは届かないのだろう。
「…静かだね」
「寂しいなら隣に行けば?」
「僕一人で?」
くすくすと笑う声も、普段より控え目に聞こえる。寒いからだろうか。
「うん、やっぱりミチコさんも料理上手だなぁ」
なめらかなホワイトソースと一緒に鶏肉を飲み込むと、小唄が頬杖をつきながら言った。
「ああ、それ作ったの私」
「え」
僕はぽかんと間抜けな顔で小唄を見た。
…いつの間に料理なんて出来るようになったの。
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