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ベリィライク
ふわふわ。



うつくしく笑うひと。

笑って。
ねぇ母さん、笑って。
貴女の笑顔が大好きです。

『愛してる』の代わりに、笑ってほしいと言うよ。
僕の愛は禁忌だと知っているから。
他には何も要らないから。



苦しい。

唐突に、夜中に目が覚めた。
ぜえぜえと荒い呼吸が耳につく。――久々だ。二年半ぶりだったか。もう治ったと思っていたのに、今更あんな夢を見るなんて。
参ったなぁ。原因は解っているけれど、解っているからこそ思う。どうして僕はこんなに弱いのだろう。
喉が渇く。部屋を出て、足音を抑えるように階段を下りた。冷蔵庫には牛乳が入っていた。取り敢えず牛乳パックを取り出してはみたものの、冷たいものを飲む気にはならず、手鍋に入れて火に掛ける。ホットミルクなんて小学生の頃以来だけれど、今はこれが飲みたかった。
温まった牛乳をマグカップに移しながら、幼い頃、母さんがよく作ってくれたことを思い出す。母さんが居る場面だけは鮮明な記憶に、筋金入りだなと苦笑するしかない。
この心は、いつから恋になったんだったか。

「はあ…、」

ああ、溜息は良くないと、誰かが言っていたなあ。くたりと項垂れて、椅子の背に体重を掛ける。力の抜けた下半身は、ずるずると椅子から滑り落ちていく。
ぼんやりと考えながら、カップから熱の伝わる指先の感覚が厭わしくなった。
――嫌な予感がする。近頃母さんの帰りが遅いこととか、雰囲気が華やいでますます綺麗になったこととか、何事もネガティブに考えてしまう。
中途半端な時間に起きてしまったせいだろうか、妙に地に足がつかない感覚がする。ふわふわとおぼつかない癖に、確実に降下していく思考。
駄目だなあ。今の僕は母さんに見られたくない。顔を見たら泣きそうだ。母さんの前で泣けたのは小学校低学年までだ。――ということはその頃から好きだったのか。好きな女の子の前で、泣けないもんなぁ。
母さんが母さんである限り、僕は息子でいるけれど、それでも僕は母さんのことが好きだから。

…今、無性に、小唄と話したい。
母さんへの気持ちを、小唄に初めて打ち明けた日、彼女はこう言ったのだ。

『今更気付いたの?』

鋭すぎる彼女が気付いていない筈も無かったけれど、僕はその一言で、自覚もしていなかった自分の鈍感さに打ちひしがれた。
ああ、今。この不安を吐きだしてしまいたい。
僕の気持ちを知っているのが小唄だけだからというのも勿論あるけれど、それ以上に、あの呆れたような顔が見たい。自分にとって大切なことが、他人にとってはどうでもいいようなことだという事実を確認して安心したい。

僕にとって、母さんは家族だけど、それ以上に“女の子”で。
小唄は、どこまでいっても“幼馴染”で。
純粋に“家族”と思えるひとの居ない僕だから、落ち着かない心を宥めてくれる誰かが欲しくて。
偶々、それは小唄だった。

双方に利点のある契約だった筈なのに、徐々に傾く天秤が不安を煽る。それでもきっと、害さない限り彼女は付き合ってくれるけど、対等じゃなくなっていくようで怖い。
怖いけれど、こうすることで母さんの笑顔が保てるならば、それで良い。



笑っていてくれるなら。日々の平穏の中で、その笑顔が側に在るなら、僕はそれでいい。
例えそれがどんな意味でも、貴女が愛してくれていることは解っているから。



「■■■■■、…母さん」





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あきゅろす。
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