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ベリィライク
ゆらゆら。



そろそろ寒くなってきたな。そう思いながら指先を擦り合わせて登校する。十二月に入ったことだし、手袋を出す頃合いかもしれない。去年の誕生日に父から貰ったファー付きのチャコールグレイの手袋を、今年こそは使おう。
マフラーを昇降口で鞄に仕舞って、一気に心もとなくなった首元を気にしながら教室の扉を開けると、いきなりぎゅうっと抱きつかれた。ウェーブの掛かった茶髪に覆われた頭を見下ろして、目を瞬かせる。

「おはよ、祐美」
「うっ…」

耳に届いたのは涙声で、どうやら本当に何かあったらしい。
空いた手でその茶髪に覆われた頭を撫でると、しがみ付く力が強くなって。

「ウタぁ、あたし、…振られちゃったぁ」

ぐりぐりと私の鎖骨の辺りに額を押しつけながら、祐美は言った。

夏に見たときは本当に仲が良さそうに見えたのに、人の気持ちなんてわからないものだ。祐美は久米先輩に「好きな人と上手く行きそうだから別れて欲しい」と言われて振られたらしい。
しかも、久米先輩の好きな人というのが、ミスコンで準優勝したおっとり癒し系清純派美少女の、奥野桜先輩である。

「あんな人に勝つには闇打ちするしかないじゃんかぁ!」

べそべそと泣きながら物騒な台詞を口にする祐美を、理瀬と二人で宥めた。本気で手段を選ばない女だから、ここで止めておかないと不味い。

「ていうか、最初から奥野先輩のことが好きだったなら、何であたしと付き合うの!!」

正論だが、私と理瀬は顔を見合わせて苦笑するだけだ。
正直なところ、この手の話は聞き厭きた。祐美の男運の悪さは今に始まった話では無いし、久米先輩が意外と不真面目だとか遊び人だとかいう話は基から聞いている。今回は思ったより長くもったなと、寧ろ感心しているくらいだ。
ぎゃんぎゃんとみっともなく泣く祐美の頭を撫でながら、今日の帰りは遅くなることを覚悟した。



予感は当たって、駅近くのファミレスで夜の九時を少し過ぎるくらいまで粘る羽目になった。やけ食いに走る祐美の余裕の無さは見ていられなかった。祐美に付き合って食べ過ぎた理瀬は気持ち悪くなったのか、青い顔をして駅向こうに消えていく。

人の気持ちなんて、わからないものだ。

揺らがないように見えた人が、実は自分の知らないところで、知らない誰かとキスしていたりだとか、そんなことは珍しくもなんともない。
変質しないものなんて存在しなくて、特に心なんてものは、いつだってゆらゆらと不安定に揺れている。それが当然だ。
――でも。

理瀬の背中が見えなくなって、ふと、駅前のロータリーに視線を向けると、見覚えのある姿を発見した。
波打つ黒髪の美女。地味すぎない茶色のコートが良く似合っている。寒さに赤くなった鼻の頭と、上気した頬が、綺麗な顔立ちをしているのに可愛らしく目に映った。目の前にいる人を、愛おしくて仕方が無いとばかりに熱っぽく見詰める瞳。抑えきれない笑みを浮かべる艶やかな唇。
楚々とした白百合のような、つややかな牡丹の花のような、不思議な魅力を兼ね備えた美しい人。
知らない人の車から降りて微笑む、知っている人。相手は、きっと知らない人。車に隠れて顔の見えない相手だけれど、車窓から出ている手が男のものだということはわかってしまう。

――あいつは、知らないだろうな。

マザコンの幼馴染の顔が頭に浮かんだ。
絶望的な気分になる。眩暈がしそうだ。フライングで目撃してしまった光景を、全力で頭から消し去りたい。



誰かと恋をする綾子さんなんて、今更、見たくなかったのに。





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