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ベリィライク
まこと。



頬に衝撃を感じて瞼を押し上げると、くすんだ灰色の髪が見えた。見慣れた色を認識して、徐々に目の焦点が合う。同年代の女子に比べてやや肉の薄い長い指が、僕の頬に触れている。
ぼうっとしていると、また軽く叩かれる。

「基。もーといくーん。朝」
「うん。起きたから」

べちべちと(ぺちぺちというほど可愛らしくない衝撃だ)頬を叩きながら呑気な声で呼ばれて、その手を払いのけながら身体を起こす。
まだ薄暗い窓の外に深い青に地平線の縹色が見えた。
そこまで早い時間じゃないのに…、冬が、近い。

「あと二十分で雅さんが起きてくるから」

言った小唄は完全に身支度が完了している。ぎりぎりまで寝かせておいてくれたらしい。感謝だ。
特に雅さんとは、なるべく顔を合わせたくない。ぼろが出そうだ。僕は小唄よりも嘘を吐く人間だけど、嘘の回数は嘘の巧さに比例しない。幼いころは母さんの気を引きたくて嘘を吐いて、ばれて怒られたこともある。
因みに、小唄はあまり嘘を吐かない代わりに、一度吐いた嘘は吐き通す。

「本当のことは言えないからなぁ…」

付き合ってるけど、愛し合ってはいないんです。なんて。
小唄のことが大好きなヨシちゃんには許せない台詞の筈だし、言ったら当然、説明を求められるんだろう。けれど、僕の反社会的な母さんへの気持ちを明かすことは出来ないし、小唄だって自分の傲慢や臆病を曝す気は無いだろう。

「だから、起こしたんでしょ」

僕も小唄も、ある意味では諦めてしまった人間だから。
自分の良くないところを自覚して、それでも直そうとせず、弱さを隠して――隠すどころか、必死で護ろうとしている。更生する気がまるで無い。
…あれ、ひどい駄目人間じゃないか。嫌だな。
それでも周りに人が集まってくる小唄は、実はきっとお人好しが滲み出ているのかもしれない。もともと嫌われにくいキャラを作っているとはいえ、やはり多少は性格が出るものだろう。

「…うん。ばれないうちに、素早く静かに玄関に行く」
「ヨロシク」

ふっと微笑んだ小唄に見送られて、玄関に向かった。

「また後で」
「ん、学校で」



ひらひらと手を振って。

その日の放課後、姫塚兄妹は実家に帰って行ったらしい。
そして翌日の朝、母さんに淡い黄色の封筒を渡された。ところどころにカラフルなリボンの柄がプリントされた封筒の裏、差出人は姫塚美、と書いてあった。
同じ柄の便箋には、今時の女の子らしい丸っこい字体でこう書かれていた。

『付き合ってるのはしょうがないから許してあげるけど、お姉ちゃんに迷惑かけないでよね!あんまりイチャイチャしないように!』

――うん。ヨシちゃんはやっぱり、僕と小唄の仲を完全に信じているらしい。何となく罪悪感が込み上げてきた。
もしかしたら、栄太に睨まれていた頃の小唄はこんな気持ちだったのかもしれない。
ヨシちゃんは騙されていることをしらなくて、誤解の上で突っ込んでくるのだ。それも真っ直ぐに。
手紙の文面を複雑な気持ちで見下ろしながら、僕は小さく苦笑した。

…ごめんね。

なんて、こんな白々しい謝罪、言葉には出来ない。
もしかしたら今、僕は初めて後悔しているのかもしれなかった。





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あきゅろす。
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