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ベリィライク
よそこと。



頑張れ、基。そしてごめん。
招き入れた基の背中にお盆ごとジュースをぶちまけた美ちゃんを見ながら、心の中で謝った。「きゃっ」とか言いながら躓いた美ちゃんは、多分わざとやった。

「あ、あの、ごめんなさい…」

しおらしい口調の割に、口元が緩んでいるのを隠し切れていない。私が軽く溜息を吐くと、美ちゃんの肩がびくっと震える。ああ、この子は本当に私のことが好きだ。けれどフォローする気は無い。

「…基。それ貸して」
「ああ、うん。頼む」

濡れたセーターを受け取って、シャツまでは被害が及んでいないことを確認する。一階のダイニングに居たミチコ(母)に事情を説明しつつ洗濯機を回す。終わったら直ぐ乾燥機に放り込んでくれるように頼んだ。快く了承してくれたので、基が帰るまでには乾くだろう。
二階に戻って部屋のドアを開けると、苦笑気味の基と輝かんばかりの笑顔の美ちゃんが居た。美ちゃんのこの笑い方は、私に対するデフォルトではあるが、同時に誤魔化し笑いでもある。二人の距離が異様に近いことから見ても、美ちゃんが基に詰め寄りつつ何か言っていたんだろう。

「お帰りお姉ちゃん!」
「ただいま」

ハイテンションの美ちゃんの私も笑顔を向けて、続いて基と視線を合わせる。

「帰りまでに乾くって」
「良かった。母さんに心配かけるところだった」

言うと、基はほっとしたように笑った。微笑、とかではなく、にこにこと。
そんな基に美ちゃんが笑う。

「えー、基さんってマザコンなんですか?」

悪意に満ちた台詞だった。美ちゃんは本当に、どこまでも基のことが嫌いらしい。嫁と姑みたいだ。しかし基が年下の女の子に負ける筈が無い。確かに基はフェミニストだが、『母>その他』という方程式が崩れない限り、母親絡みではどんな些細なことでも自分の意見を押し通す。
あーあ。よりによってマザコンとは。本当のことだからこそ、言えば手痛い反撃をくらうのに。

「うちは母子家庭だから」

と、基が困ったように笑う。美ちゃんはぴたっと動きを止める。まずいことを言ってしまった、と思っているのか。そういう理由があるということは知らなかった筈だから、物凄く後味の悪い思いをしていることだろう。

「余計な心配も手間も掛けさせたくないんだよ。ただでさえ頑張って、女手一つで育ててくれてるんだ」

美ちゃんの視線が基から外れる。その視線は暫く彷徨って、やがて美ちゃんは俯く。

「…ごめんなさい」
「うん。良いよ」

美ちゃんは部屋から出て行った。どうやら気付いていないらしいが…。

「マザコンは否定しないわけか」

基は、美ちゃんのあの発言に対しては、何一つ否定していない。私が小さく笑うと、基はにこにこ笑ったままで。

「だって本当のことだろ?」

と、のたまった。全くその通りだ。知ってはいたけれど、何気なくイイ性格をしている。最近浅野先輩に似てきたのではなかろうか。彼も影響力のある人だから、仕方ないといえば仕方ないか。
さて、どうでもいいことに捕われてないで、そろそろ本題、CDを返したいのだが。






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あきゅろす。
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