ベリィライク
ただごと。
小唄の首元を隠すマフラーの、黒と芥子色のバーバリーチェックが視界に入った。そろそろ寒い時期になったなぁと、僕はそれで認識する。気付くといきなり寒くなった気がして、手のひらで自分の首を擦った。
ちろっと一瞬僕を見た小唄が、その仕草を確認して聞いてくる。
「寒い?」
目敏いというかなんというか、気付くのが早い。他人の不機嫌を察知するのが上手い小唄だから、こういうことにも直ぐ気付いてしまうんだろう。
「ちょっとね」
僕は苦笑する。文化祭が終わって少ししか経っていないような気がしていたけれど、思えばもう十一月だ。寒くなるに決まっている。
「はい」
差し出されたマフラーにぎょっとする。小唄はマフラーを外していた。灰色の髪と白い首筋の色彩は、異様に寒々しく感じる。
「えっと…借りて良いってこと?」
「うん。私平気だし」
「でもさ、」
ぽいっと放られたマフラーを慌てて受け取る。小唄愛用のこのマフラー、結構良い値段がする。去年の冬ごろ、デザインもだけど肌触りが良くて、値段に悩みつつも買ってしまったとか言っていた筈。
「色おとなしめだし、男子でも使えるっしょ」
…まぁ、うん、小唄が平気というなら平気なんだろう。暑さに比べれば寒さは得意のようだし、心配だけで自分より他人を優先するような性格じゃないし。むしろちょっと暑いくらいだったのかもしれない。
こういうことは彼女じゃなくて彼氏がやるべきなんだろうけど、気にしない。僕らは偽装カップルで、偽装カップルの前に幼馴染だ。男の見栄とか、理想とか、本当ならやるべきこととか、今更すぎる。格好付ける意味も無い。そもそも僕が格好良く見られたいのは母さんだけだ。
「そういえば、二人でいるの久しぶりだね」
小唄のマフラーを自分の首に巻きながらぼやくと、巻きにくかろうと荷物を持ってくれる。
「あぁ、かもね」
小唄は頷いた。どこか遠い眼をしている。うん、いろいろあったからね。大変な思いをしたのも主に小唄だったし。栄太にからまれるし、文化祭は忙しいし、偽装カップルなんて始めてるし。最後の一つは僕の発案だけど、本当に大変だ。
「終わった。有り難う」
「ん」
マフラーを巻き終わって手を差し出すと、荷物が返ってくる。戻ってきた重み。お礼代わりに小唄の荷物を一つ受け取って、歩き出す。ああ、なんかこれ、本物の恋人みたいだな。いつも通りにしているだけなのに。
「ねぇ小唄」
「何?」
「僕たちってもしかして、普通にしてても恋人同士に見えるのかな」
だとしたらなんというか。偽装なのに。僕が微妙に複雑な表情をすると、小唄は呆れたように笑う。
「もしかしてさ。きっかけ、忘れてる?」
「――あ」
小唄に告白してきた田崎が、僕と小唄が付き合ってるって誤解していたから。しかもそれが通説っぽくなっていたから。
「振りなんてしなくて良いんじゃない?今まで通りで」
…そっか。そうだった。違和感無く一緒に居られる人を表す名称が、“幼馴染”から“恋人”に変わっただけ。無理に装う必要なんてない。「付き合ってるの?」って聞かれたときに否定しなければそれで良いんだ。普段通りにしてれば。
どうして僕は、完璧な恋人のふりなんてしようとしていたんだろう。
「後で部屋に行って良い?」
「いつも勝手に入ってるっしょ」
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