ベリィライク
ひとこと。
手を繋ぐとか、そういう触れ合いは偶にしかしない。偶にするのも、デートのときだけ。学校帰りには、凄く近い距離を並んで歩く。私と基は、今日も並んで帰っていた。
「お姉ちゃん!」
後ろからの声に振り返る。
「…美ちゃん」
「お姉ちゃんが見えたから走って来ちゃった」
えへへ。と笑う美ちゃんの頬は、確かに紅潮している。美ちゃんは私と一緒に立ち止まった基を見上げた。
「えっと、お姉ちゃんの知り合い?」
あぁ、そうか。面識は無いのだった。今更気付いたことに苦笑して、紹介する。私やミチコ(母)が良く話すから、名前だけはよく知っているだろうけど。
「この人が基だよ」
幼馴染で、最近彼氏になった人。それが偽装であるということは、勿論言わずに。
「…あ、そうなんだ」
美ちゃんは私と基の間に割り込む。「早く帰ろ?叔母さん待ってるよ」と言って無理矢理私と手を繋いで引っ張る。なんというか、やることが露骨だ。
「後で行くから」
擦れ違いざまに囁くと、大変だね、とでもいうような笑顔で小さく頷かれた。
きゃんきゃんと喚く美ちゃんが私の服の袖を掴む。
「お姉ちゃんにはあんな男はふさわしくない!」
あれほど私にふさわしい人は、なかなかいないと思うんだけれど。だって基は絶対に私を愛さないし、私が基を愛さないことを一番理解している。
――だから「ふぅん」と、冷たい声で。
私が言ったのは、それだけだった。
美ちゃんが目を見開いて固まったことには気付いていた。“あんな男”呼ばわりに腹が立っていた。基は私の一番の理解者で共犯者で幼馴染なのだから。一番は勿論私だけれど、その他の中で基の順位は高い。というよりも、もう家族なのだ。
あまりにも冷えた声音に自分で驚いた。今の私は、全く冷静では無い。くるりと踵を返して、ダイニングを出る。
「あら、小唄、何処行くの?」
玄関を出ると、ミチコ(母)が、庭から声を掛けてくる。洗濯物を取り込んでいるところらしい。
今日はよく晴れている。もう十月の半ばだというのに、風も無いせいで温かい。少し乾燥し始めた空気には、やっぱり季節を感じるけれど。
「基んとこ」
「あらそう。基くんによろしくね!」
うふふといやらしい感じに笑うミチコ(母)は、私と基が付き合うことに大賛成だ。今の『うふふ』は『あらもうラブラブねぇ』とか、そんな感じの台詞を含んでいたに違いない。
少し呆れた気分で、「いってきます」と言った。聞こえてきた「いってらっしゃい」は一人分の声で、多分美ちゃんは部屋に閉じこもっているんだろう。美ちゃんは私に、『優しいお姉ちゃん』を求めている。けれどその人選は、絶望的なまでの間違いだ。
私は美ちゃんを裏切ったのだろうか。
後悔はしていないのだけれど――…ごめんね、と心の中で謝ってみる。
私は私が一番大切だから、優しくしてばかりはいられない。
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