ベリィライク
みごと。
「ただいまー」
私の生徒会の仕事も一段落ついて、基も弓道の大会は終わった。平和なひとときを楽しんで、中だるみというか、調度気が抜けていた。そしてそういうときに限って、台風は訪れるのだ。
「おかえりなさいお姉ちゃん!」
いつも通りミチコ(母)の声を予想したのに、声とともに私の腹部に突進をかましたのは、真っ直ぐな黒髪の少女。予想外の出迎えに、瞠目する。
…誤解を与えかねない始まり方をしたものの、言わせてもらおう。彼女は私の妹ではない。
ソファに寝転んで雑誌を読む私の傍らに上機嫌で座り込んでいるのは、先ほど私のことを『お姉ちゃん』と呼んだ彼女だ。中学二年生の彼女の名前は姫塚美という。美と書いてヨシと読む。
「えへへ。一週間、よろしくね」
にへにへと嬉しそうに笑い掛けてくる美ちゃんに、「うん、よろしく」と返す。美ちゃんの両親の出張時期が重なったために、一週間だけ、うちで預かることになったのだ。
――という話を、つい二十分前ミチコ(母)に聞いた。もっと早く言えよ、と思ったのは言うまでも無い。
何をまかり間違ったのか、美ちゃんは私に懐いている。『お姉ちゃん』なんて呼ぶくらいだ。確かに私は美ちゃんの(親戚の)お姉ちゃんなのだけれど、その呼び名に該当しそうな親戚は他にもいる。しかし美ちゃんが『お姉ちゃん』と呼ぶのは私だけだ。クラスメイトに影響されたのか『お姉さま!』と呼ばれたときは本気で焦った。何というか、洒落にならない。
「美、お前、叔母さんたちと小唄ちゃんに迷惑かけんじゃねーぞ」
と、後ろから声を掛けてきたのは姫塚家長男だ。美ちゃんの兄。大学二年生の雅さん。『美』と『雅』。名前どおりの容姿の持ち主だからか違和感は無いけれど、なかなか凄い組み合わせだ。
雅さんはミヤビという名前にコンプレックス(女みたいで嫌だ、とか。)が有るらしく、『マサさんって呼んでくれ』と言われた覚えが有る。名前の呼び方なんて、それが自分だって認識できればどうでもいいと思うんだけど、嫌われたくはないので従っている。
「そんなことしないし」
美ちゃんが雅さんを睨みつける。大きな猫目だから目力も強い。睨みつける、というところから連想したのだけれど、吉川くんも目力が強い。美ちゃんが子猫なら、彼は子犬だろうか。どちらにせよ可愛い。
「どうだかな」
「何その言い方!」
雅さんがちょっと嫌味っぽく笑うと、美ちゃんが反発する。
「小唄ちゃんに宿題のことで頼ったりすんなよ。小唄ちゃんも忙しいんだから。そんくらいなら俺に電話しろ」
厳しい言い方で甘やかしている。雅さんは、割とわかりやすいシスコンだ。今は家を出て独り暮らししているから、妹に構う機会が欲しくて仕方ないのだろう。マザコンだのシスコンだの、私の周囲にまともな人間はいないのか。
「や、やだっ!」
「あ?」
柄が悪いなぁ。雅さんの睨みに美ちゃんが涙目になったところで、私は雑誌を閉じて立ち上がる。はっと振り返った美ちゃんが、「お姉ちゃん、どっか行くの?」と首を傾げる。
「あぁ、ちょっと着替えに。今から基とデートだから」
「「は!?」」
一瞬前まで喧嘩(というよりも只のじゃれあいだったのだろうか。)していたにも関わらず、息ぴったりなのは、流石としか言い様が無い。
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