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〜闇を負う者〜
其の壱



しゃらん、しゃらんと鈴の音がする。
その美しく澄んだ音色で、依月の意識は現(うつつ)に引き戻された。
―――どうやらまた、夢を見ていたようだ。

『清水湛える水鏡。我が呼び声に応え彼の人に通ずる道を成せ』

頭上で一つに結われた艶やかな黒髪を振り、形の良い唇から神呪(かじり)を唱える。眼前の空間が歪んで一人の青年の姿が映しだされた。
二列に並んで内側を向き、色鮮やかな衣を身に纏って頭(こうべ)を垂れる文武百官。その間を、前後を二人ずつ神官に挟まれてゆったりと歩んでくる彼はこの国の一の皇子(みこ)……今日はその立太子の儀が執り行われるのだ。

裾に小さな鈴が幾つも連なる純白の祭衣に身を包み、広間の最奥、他より一段高い所に座す帝に向かって静かに歩を進める皇子。
依月はその妹……つまりは皇女だ。しかし、皇女として今この場に列席しているのではなかった。

依月が居るのは広間の四方を取り囲む豪華絢爛な織布の裏、人が2,3人入るのがやっとな大きさの凹み。本来ならば広間の上座、帝の近くの敷布に座して兄皇子を祝うべき皇女が居る筈のない場所だ。
身に付けた衣も、高貴な身分の女性が着るような優美でゆったりとした動きにくいものではない。肩から先の無い上衣と、両横に切れ目の入った動き易い裳。
上質で仕立ても良いが、貴なる姫が着るようなものではない。
装飾的な物といえば、緩やかに掛けて帯の所で留められた、職務を表す精緻な刺繍の飾帯ぐらいだろう。黒の地に青と銀の糸で、美しい月と剣の凝った刺繍が施された意匠。
それを使うことが許されるのは、依月のみ――いや、依月が与えられている職務に就く者のみ、というべきか。

兄を注視していると、傍らに仄か光る球が現れた。それを手で包み込んで小さく神呪を口にすれば、まだ幼さの抜け切らない少年の声が耳に届く。

「朔の月、全員配置に付きました。長」

「了解。しっかり見張って」

それだけ応えると、ふっと息を吹き掛けて光の球をけす。そして気を引き締めて視線を水鏡に戻した。

朔の月は異能の者達で構成される、特殊な集団だ。その役割は諜報から暗殺まで多岐に渡るが、最も重要な仕事は皇族の警護。表立って彼等を護る近衛とは別に、異能により影の警護の任を担っている。

それを統べる長こそが、本来ならば護られる側であるはずの、依月だった。


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あきゅろす。
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