鳥が甲高い声を上げた。同時に張り詰めた空気と緊張が解れる。
「……魔物、ですか」
信じられないが、やはりいるのだろう。この山のどこかに身を潜め、旅人や村人を襲ってはその肉を喰らう悪魔の手先が。
彼は片手を胸にあてた。指先に感じたゴツゴツした触り心地は、その下に隠した護身用の武器。
心なき者、聖職者を憎む者――そういった者たちから身を守るために、短剣を持ち歩いていた。
だが何よりも恐ろしいのは盗賊の類だ。物欲だけでなく、その命さえも支配しようとする彼らとは、出来る限り出会いたくない。
魔物の噂と同じくらい人々の注目を浴びるのは、聖職者の不正と汚職だ。神に捧げた聖界にあるその身を一夜にして俗世のものとする所業。
一瞬、一時の野心のせいで、どれだけの私生児がこの世に生れ落ちたのか分からない。
盗賊たちは戒律を破り、穢れた聖職者となった彼らを狙う――盗賊たちの大半が私生児だからだ。
「……魔物もまた、私生児だとしたら」
思いつくままに口にして、青年は頭を振った。まさか、そんなことがあるはずがない。
教会の教えでは、魔物は神と対立する悪魔の手先。私生児であるはずがない。
だが、洗礼を受けずにこの世を去って行った者たちの行方を思うと、完全に否定できなかった。
彼らの魂は安住の地に行き着くことなくこの世を彷徨う。悪魔に捕らえられた彼らは、いつか聖職者を憎む魔物となる。一つの妥当な考え方だろう。
頭上を見上げ、そこにいた鳥の姿が既に消えていたことに気付く。いつ飛び立ったのか分からない。
鳥というのは自由な生き物だ。鳥だけでなく、自然の中に生きる者全て、尊き命を抱えた自由な存在。
そんな彼らを羨ましく思いながら、青年は太い幹の寄りかかるよう腰を下ろした。
下手に動けば迷うだけ。一夜過ごすと決めたらそのまま過ごし、そして――誰かが来ることを祈ればいい。
もしも誰も来なかったらどうするのか。考えて、十分にその可能性はありえることに行き着く。
目的地は聖職者の拒む教区なのだから。
自分が村に向かっていることは、尊敬する師であるヴィエラ神父が知らせているはずだ。
村人がいつまで経っても尋ねてこない神父の存在に気付いたとき、彼らはどんな行動を取るだろうか。