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 周囲を見回して、そこが全く何もない広場であることに気付いた。この場所なら人の目に触れる可能性もあるだろう。しかし、生憎キャンプの用意はしていなかった。あるのはせいぜい仕事道具だ。

 麓の村からテリス村までは半日程度で行き来できる。森で迷うことを計算に入れていたなら、出発前にキャンプの用意もしていただろう。

 半日で一本道だから、迷う者などいない。そんな一般的な概念に惑わされた。

 完全に地図を見誤り、苛立ちをぶつけるように地図を引き裂いた。一過性の憤りに流され、後先考えずに取ってしまった行動にも後悔していた。

(本当に困りましたね……)

 地図もない。目的地が一体何処にあるのかも分からない。そもそも自分がいるその場所すら、広い山の何処なのかも分からなかった。

 一体ここは何処なのだろうか。再び見上げれば、空を覆いつくす若葉は、すぐ背後にある太い木のものであることが分かった。

 樹齢が想像できない。万年日陰となる木肌は黒ずみ、鮮やかに発色している緑色の苔が密生していた。

 両手を伸ばしても、その太い幹を一人で抱くことはできないだろう。

 目を閉じて、木の幹に手を添えるよう、そっと手のひらをあてた。ひんやりとした木肌とは裏腹に、温かい生命の神秘を感じる。

(まるでこの木は森の精霊……)

 神の生まれた時代より生きる、この森の長老。森に存在する数多の命を、黙って見守り続けてきた。

 バサリと羽音が聞こえ、青年は顔を上げた。

 翼を休めに来たのか、小鳥が枝にとまる。

 途端に水を打ったように静まり返る周囲の気配に、彼は息を詰めた。

 不可解な緊張感が伝わってくる。

 ふと、登山口に立てられていた看板を思い出した。

『魔物に注意』

 この世界に魔物? 確かに得体の知れない何者かが国中で目撃されていることは噂になっている。

 他国での存在は確認されていないらしいが、この国――特に王都ロザリオを中心とする領地には、様々な形態の魔物らしきものが現れているらしい。

 耳を澄ませ、森の息吹さえも感じるほど研ぎ澄ました感覚を張り巡らせる。

 仮に魔物がいたとして、完全に身動きのできなくなった今の自分は、安全に一夜を過ごせるだろうか。

 静寂の中に水の音がきこえた。川のせせらぎは、近くに川があることを推測させた。

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