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 怖くないと言えば紛うことなく嘘になる。困っている人がいたら、手を差し伸べなさい。母親の言葉を貫くには勇気を要する。

 周りの人からしたら、これは無謀なのだろう。

 躊躇っている場合はなかった。森が警戒し、騒ぎ始めているのが木の葉が擦れ合う音で良く分かる。

 キイチゴは無事だろうか。彼、或いは彼女は何事もなくその場所にいるだろうか。

 道なき道はまだまだ続く。怯えている時間はなかった。

×××

 鳥の声がうるさく響く。

 茫然と立ち尽くす男の手には、原形が分からぬほどに千切られ、丸められた一枚の紙切れの山。

「だから、地図は嫌いなのですよ」

 感情を抑え気味な悪態をつき、丸められた紙切れを振り撒く。こんなもの、必要ない。

 ヒラヒラと花びらのように舞い落ちる紙吹雪を見て、彼は空を見上げた。

 視界を遮ったのは、折り重なるように伸びた枝葉だ。ヴェールのように柔らかな光が足元に差し込む。

 日の差す方向から時間を割り出すつもりで仰いだ空だったが、あちこちに幾重にも重なり、角度の違う光では、求めている答えが手に入るはずもなかった。

 溜息をこらえ、彼は視線を手元に戻す。

 いつ、何時に麓の村を発っただろうか。目的地まではほぼ一本道。迷う者がいるはずがない。

 それなりに整備され、古木で階段が作られていた。途中で細い道などが見えていたが、正しい方向へと導くよう、足元の木は別の方向へと続いていく。

 それが麓の村から目的地テリス村への唯一の街道だ。

 至極丁寧な言葉で書かれた道標も存在している。地図上に書いてあるのなら、見落とすはずもない。

「完全に迷いましたね」

 青年は力なく肩を落とし、耐えていた溜息を吐き出した。

 迷わないよう、丁寧に道案内をしてくれていた案内板ですら見当たらなかった。誰が作ったか分からないほど古い木の階段を上って行き、辿り着いたのは見知らぬ場所。

 果たして村が何処へと移動したのか。そんな幻想的で非現実的な考えが浮かんで、彼は首を振って否定した。

「まさか地図が逆さまだったとは……」

 自らの犯した小さなミスに呆れ果て、最早言葉はなかった。

 このまま一夜を過ごすことになるのか。

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