友人の棲む場所は比較的村に近い。それゆえ、気付きにくい場所にあるかもしれない。
(どうしよう……)
不安が森と同調したのか、心に鋭利な痛みが走った。胸を押さえて深く息を吸い込む。
触れている手に伝わるのは、確かな緊張と確かな鼓動。あまりの速さにルーシェはきつく目を閉じた。
(ごめんね……分かってるの。だけど……)
森の友人たちを守りたい。しかし非力な自分が立ち上がったところで、何も出来ない。
再び胸に痛みが走る。今度の痛みは先程よりも強く激しいものだった。息が出来ないくらいに胸が締め付けられて、何度も深呼吸を繰り返す。
かすかに声が聞こえた気がして、ルーシェは思わず立ち上がっていた。
(今のは……ううん、きっと気のせい……)
胸がざわつく。確かな不安が血のように滲み出し、顔から血の気が引いていくのが分かった。
最近は森で魔物が出ていると、村中が騒いでいる。重傷を負わされた旅人は少なくない。怪我人が出ていることから、専ら魔物の動向を窺う話が蔓延している。
危険だから近付くな。魔物がいなくなるまで村にいること。母親フィリアとの約束だ。
(でも……)
森が助けを求めている。友人たちが困っている。
「……待ってて、今行くから……!」
困っている人がいたら、手を差し伸べなさい。それがフィリアの教えでもあった。
×××
「行ってきます!」
「待ちなさい、ルーシェ!」
玄関に置き去りにされていた籠を手に取り、母親の声を振り切ってルーシェは走り出した。
家の扉を開け放った瞬間に差した陽の光に、たまらず目を細めて立ち竦む。
真っ白な世界が先に広がり、何も見えない。
片手で日除けをつくると、ルーシェは空を見上げた。抜けるような鮮やかな青色と、それを覆い隠そうとする緑が折り重なった風景がそこにあった。
普段見慣れている景色とはいえ、太陽の位置に一瞬だけ怯む。このまま森へ行けば、村に戻るのは間違いなく夜になるだろう。
目的地は決まっている。小さいながらも長老と崇められるキイチゴの木。比較的近くにあるとはいえ、辿り着くまでの道のりは楽観視できるものではなかった。