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 大丈夫。自らに言い聞かせるようにルーシェは心の中で呟く。

 彼は他の司祭とは違う。噛み締めるように、祈るように。

 櫓の姿が徐々に大きくなる。人の話し声が風に乗って届く距離で、噂の主任司祭は足を止めた。

「あれは……?」

 彼の見つめる先には村唯一の入り口。その左右には尖った屋根の櫓。巨大な槍に似た見張り台は、村に入ろうとする存在を鋭く睨みつけているようだった。

 衛兵の如く建てられた櫓の上には人影がない。ルーシェは視線を戻し、驚きで息を呑んだ。

 旅人の姿はなかったものの、そこには大勢の村人たちで賑わっている。焦燥感と混乱の渦巻く彼らの中には、弓や剣を携えた者も存在していた。

 森に向かって走り出す少年。だが大人の男が一人、少年の腕を慌てて掴んで引きとめる。

「バカ野郎! 無駄に動き回って、お前まで迷ったらどうするつもりだ!」

「でも、ルーシェが! 一晩も帰って来ないなんて、絶対何かあったんだ! 早く助けないと手遅れになっちゃうよ!」

 金髪を振り乱し、少年は暴れる。しかし男は決して掴んだ腕を放そうとせず、首を横に振って諌め続ける。

「――マックス!」

 長い裾を軽く持ち上げ、ルーシェは入り口に向かって走り出した。

 村の騒ぎは一晩も帰らなかった自分のせいだ。精霊使いのひとりが戻らない。ただそれだけで、村は大きな混乱に陥ってしまう。

 早く帰らなければ。ルーシェは再び婚約者の名前を呼んだ。

 大人の腕を振り払うことをやめ、少年はこちらに顔を向けた。ルーシェは笑顔で大きく手を振り、無事を伝えた。

「ルーシェ!」

 両手を広げた少年の胸に向かって走り、広い胸に飛び込んだ。

「今までどこにいたんだよ! おばさんもみんなも、すっごく心配したんだよ!?」

「ごめんね、マックス。色々あって――」

 色々の原因を挙げようとして、ルーシェは留まった。魔物に追われたこと、聖職者と一夜を過ごしたこと。すべて挙げれば婚約者マクスウェルの不興を買う。しばらくは村から出られないかもしれない。

「えっと、あのね」

 マクスウェルの顔を見上げた時、背後から声が聞こえた。

「失礼ですが……こちらがテリス村でよろしいのでしょうか?」

 落ち着いたテノール。村人たちの視線が一斉に青年に向けられた。

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あきゅろす。
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