青年は楽器を床に叩きつけると、音もなく立ち上がった。
「マックス」
呼ばれた青年は、国王の愉悦に染まる表情を見上げた。
アンドリューが腰に帯びていた剣を鞘ごと引き抜いた。それを床に投げ落とすと、ガウンの裾を払い、けりつける。
くるりと回転しながら、大理石の床を剣は滑った。
「自決しろと仰るのであれば」
マックスは近くで止まった剣を手に取った。だが刻まれた紋章に慄く。
まさか、とマックスは思う。彼はこれを手放すというのか。
マックスは再び玉座へと座りなおした主を見上げた。
「騎士団の指揮権を貴様にくれてやる。だが失敗しすれば命はないと思え」
冷たく輝く青い瞳。口元の笑みとは対照的な真剣な眼差し。
「答えは?」
急かす言葉に頷く。
「御意に」
剣を手にし、マックスは立ち上がると、早々と部屋を出ようと身を翻した。
「――ミラージュ=レイで大きな動きがあったらしいが、私に報告がきていない」
「末端の司祭さえも知らぬ場所で、教皇が入れ替わったと」
「真偽の程は?」
背を向けたまま返す。
「黒。ですが、未だ決定的なものを手にしておりません」
まるで子どものように主君は笑う。
「最後に聞きたい」
こだまする嘲笑に耳を塞ぎたくなる。だがマックスは微動だにせず、彼の問いを待った。
「エリーゼ・ティアラは“聖女”だったのか」
心の傷を抉る名に唇を噛み締める。表立って動けない身の上が恨めしい。
馬鹿げた問いにマックスは返す。
「彼女は純粋な精霊使い。それ以上でもそれ以下でもありません」
その容姿と力故に殺された婚約者。彼女がもしも聖女であれば、既にこの国は戦禍に巻き込まれているはずだ。
彼ら――ファン=グレードが望むのは、神に近い存在“聖女”であって、精霊使いではなかった。
神の意思の下で、神に対抗する存在を、神の名の下で駆逐していく。神の名を利用し版図拡大を目論んでいるのだ。
話は終わったのかと、マックスは部屋を去る。その背後で君主アンドリュー・クロスロードの小さな笑い声が聞こえた。