「冒険者さんたちも村を傷つけるから……早く平和になってほしいって、みんなが言ってます」
涼やかな風に乗った嘆息が聞こえる。悲しみに暮れるもの、痛みを訴えるもの。様々な感情が森のざわめきとなって響き渡っていた。
目の前の神父は当然そんな声など聞こえるはずがない。両手を突き出して身体を伸ばしながら、他人事のように言った。
「生活が脅かされているとなると、村の方々も大変ですね」
その村で生活することを彼は忘れているのだろうか。本来なら、今頃は森などではなく村で温かい食事と寝所を得ていたというのに。
「ところで、どうしてこんな場所にいるんですか?」
思い出したように、ルーシェは再び先程の問いを繰り返した。
道を逸れることなく歩いていれば、半日ほどで到着できる場所に辿り着けていない。方向音痴にも程がある。ただ寝過ごしただけにしても、危険と警告のされた森で寝るとは神経を疑ってしまう。
彼は暫し黙り込み、腕を組んで俯いた。
「……地図を」
「地図を?」
森の囁きに似た声は、呆れさせるに十分な事実を語った。
「……地図を逆さに見る人って、本当にいたんですね」
それ以前の地図がなければ村に辿り着けない人がいたことに対し、ルーシェは衝撃を受けていた。
嘘だろうか。逡巡するも、彼の落胆する様子からは嘘を吐いているようには見えない。
「それで、どうしますか?」
嘘か否かを見定めることは後回しだ。根掘り葉掘り聞いたところで、無駄な時間を過ごすだけになりかねない。
落ち込んでいる彼をさらに落ち込ませることにも気が引けた。
顔を上げた若い司祭は周囲を見回した。窺う視線を辺りに向けて、小さく頷く。
「この辺りに水場はありますか?」
「水場……川とか湖とかですか? ありますけど……」
「遭難した場合、確保すべきは水と食料、そして暖。時季を考えて、暖は問題ないでしょう。ならば水と食料を探し――」
「ちょっと持ってください!?」
ルーシェは慌てて声を上げた。
「遭難、したんですか? この山で?」
「君も道に迷ったのでは?」
質問に質問を返され、ルーシェは閉口した。帰ろうとすれば帰れるが、危険を冒す勇気がなかっただけだった。
誤解を与えていることに初めて気づき、ルーシェは困惑した。