ふわりと柔らかい毛皮に手を伸ばしてなでてやると、うさぎは気持ちよさそうに目を細めた。
「あなたは見てないの? えっと……説明しづらいんだけど――」
黒い瞳を上げて、うさぎは囁いた。
「……白い服? 黒じゃないの?」
今までテリスに来た神父とは少し違うのかもしれない。
うさぎはなおもしゃべりつづける。髭を生やした人で、ブロンドの髪で、メガネをかけていて――絶えない言葉にルーシェは少し驚いていた。
動物も植物も、人という存在を受け入れるのに時間がかかる。たった十七年間とはいえ、今まで生きてきた中で彼らはそう言っていた。
人間は害をなすものでありながら共存できる相手であると、誰もが同じ矛盾を口にする。
まずは相手を知ること。よほどひどい人間でなければ、森も動物も悪さはしない。
近く訪れるという噂の神父は、森にも動物にも害となる者なのか。森を荒らす存在と同じく、気がかりだった。
×××
段々と陽がおちていく。何事もなく太陽は山の向こうへと姿を消し、空にはかすかな灯りが灯り始めた。
枝葉の隙間から覗く、まだ茜色を残す空を見上げる。
「……やだ、もう暗くなってきちゃった」
森とのお喋りはここまでだ。
服についた土埃を払い落とすと、ルーシェはしぼみ始めた小さな花に瞳を向けた。
キイチゴが囁く。
その瞳はまるで宝石のようだと。
「……ありがとう」
あまり嬉しくない褒め言葉だった。
赤い瞳はイチゴのようでもあり、血のようでもある。どこか不吉さを漂わせている気がして、あまり見られたくないものだった。
この瞳は誰から譲られたものなのか。母親のフィリアの瞳は空よりも深い青色。周りの人はその瞳を“海”だと言った。
村から出たことのないルーシェには海がどんなものなのか分からなかった。
ただ母親から譲られたものではないことだけは分かった。
父親は生まれる前に亡くなったと聞いた。父の瞳は何色だったのか。
「ううん、何でもないよ」
真剣な顔をしていたのだろうか。森が不安に揺れた。
「わたし、そろそろ行くね。きっとお母さんに怒られちゃうね」
ふふっ。笑ってルーシェは身を翻した。