流竜神話
鬼才を持つ彼
―――お前が作り出す式はいつもいつも出来が甘いのだ…―――
様々な声が雑多する市の場なのにも関わらず、その声は、はっきりと彼の耳だけに木霊する。
「……………」
目元をピクリと反応させながらも、無言を持って答える彼に、声は笑いを含んだ声で続けた。
―――まだまだ修業不足だなぁ。
もう一年ほど山籠りした方が良かったのではないか?
やはりまだ早かったんだよ、この俺がいなけりゃ、お前この先…―――
べちっ
――ぐぇっ
無言のまま、宙に浮かぶそれを地面にはたき落とし、彼はそのままスタスタと先をゆく。
はたき落とされたと同時に姿を顕現させたそれは、いってぇなぁ、と毒づきながらもその後をふよふよと追った。
全てを我色に染める漆黒の毛並みに、夕刻の空に似た紅(くれない)の双眸。
細長い尻尾はその体躯が動くのに合わせてゆらゆらと揺れる。
一見すると姿形は猫のそれだが、脚の先には鋭利な爪が隠されずにのびており、耳には環状の耳飾りが二つ。
その耳も猫の物とはまた違い、まるで孤の様に長く大きく後ろ向きに備わっている。
四肢は地面から優に五尺以上離れていて、丁度、彼の肩より低い辺りを漂うようにして進んでいた。
「おいっ待て!流雫(ルダ)っ!」
それは声を張り上げて流雫の後を追うが、周りを行く人々はその異形な姿を気にも留めずに通り過ぎていく。
姿が顕現したとはいっても、常人に見えるほど力を出したわけではない。
それは丁度、鬼才を持つ者の眼にのみ存在が映る程度のものだった。
「おーい、おいってば何怒ってるんだ」
「あーもう、鬱陶しい」
「なっ、この俺様に向かって鬱陶しいだと!?俺様を誰だと思っておる?!」
胸を反らして、いや正確には頭を反らして憤然と言い放つそれに、一度ちらりと視線を向けた彼は言う。
「……キクはキクだろう」
「俺は呼び名のことを言ってるんじゃないっ」
「……じゃあ、お付きの式」
ちっがぁーう!!と牙をむいて叫ぶ黒い体に、流雫はじゃあなんだと言うんだという思いを含んだ目で問い掛けた。
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