[携帯モード] [URL送信]

桜界逸史
隊長:東 志國


「調子はどうだ?摂陸」

摂陸は頭上から突然かけられた聞き覚えのある声に浮かせかけた腰を戻して顔を上げた。
ベンチに座った状態だったため、顔を上げるというより後ろにもたげると言った方が正しかったのかもしれない。

摂陸の澄んだ碧眼に、逆向きのさわやかな笑顔が映った。
さらりと重力に引かれ落ちる髪は暗い深緑。
茶色の入った瞳は摂陸の呆れ顔を映している。

「なんだ、志國(さねとき)か」

つまらないといった感情を込めてそう言った摂陸に、志國は困ったように笑った。

「なんだって何だ。俺一応、上司なんだぜ?」

敬語とか使ってみる気ねぇの?と軽く言いながら、今度は人差し指を自分に向けて主張する。
対して摂陸はどこ吹く風だ。

「今更んなこと言われてもなぁ。他にも敬語使ってねぇ奴いるし」

「他にもって…、どう考えても、それお前ら二人だけだと思うぞ」

「そうだっけ?ま、細かいことは気にしないでおきましょうよ、隊長さん」

「あのなぁ…」

呆れた声と共に、志國の髪が摂陸の目の前でふわりと浮いた。
肩の高さで小さく束ねた、見方によっては黒というより深緑に近い感じの髪だ。
志國が動くのに合わせて揺れている。
ストンと摂陸の横に腰かけた志國は、さっきまで摂陸が使っていたゴム弾専用銃器を手に取り、クルクルと右手で回しながら確かめるようにじっと眺めた。

「……なんだよ?」

「んー、いやさ。いつからこんな子になっちまったのかねぇ、と思ってな」

「………誰が」

「さぁな」

おどけてはぐらかした志國に、摂陸はちぇっとわざとらしい舌打ちをした。

彼、東 志國(あずま さねとき)はこの『銀』の隊長。
つまり最高責任者という立場の人間だ。
本当はかなり偉い立場なのだが、他の隊の責任者と比べると二十歳以上若く、口調も固くないために隊員たちから親しまれている。
一応、摂陸以外はほとんどが志國に敬語を使うが、それでも余り固くはならない。

不機嫌になりつつある摂陸を見て、志國は少し笑ってから巧みにサラリと話題を変えた。

「今日はゴム弾だけか?」

銃の話をすればどんなに不機嫌であろうとも摂陸は応えるはずだ。
はたして、志國の予想は当たった。

「……いや、この後実弾もやるつもり。ゴム弾だけじゃ物足りねぇし」

「ほう。さすがだな『銀の弾丸(シルバー・ブレット)』。あんだけ撃っといて物足りないと来たか。ま、銃の腕だけは銀ナンバーワンだからな」

「『だけ』言うなっ」

「えー、褒めてやってんのに」

笑う志國に少し声を荒げて噛みついたものの、反論はしなかった。
実際これといった取り柄が思いつかないので仕方ない。
ちなみに『銀の弾丸』というのは摂陸についた二つ名というヤツだ。
言うまでもなく、命名志國である。
彼曰く、理由は「『銀』の鉄砲バカだから」らしい。
ならお前は単純バカだ!
と反論したくなるような理由だ。

摂陸は、確かに人並み外れた銃の腕前には自信があった。
が、戦場においてそれだけでは生きていけないということは嫌というほど分かっている。
…そう、分かっているだけに余計に悔しいのだ。

「…まぁ、ヤツほどの天才もそうはいねぇよ。気にすんなって、お前も十分、アイツと対等に話せる実力持ってるだろ」

急に黙り込んだ摂陸の心情を見かねてか、そう言って笑った志國だったが、摂陸はますます顔をしかめた。
誰を思い浮かべていたか言い当てられたような気がしてかなり気まずい。

摂陸が思い浮かべた相手…。
摂陸と同じく桜界国家特別軍隊『銀』に所属している彼、時雨 海神(しぐれ わたつみ)は俗に言う天才というやつである。

摂陸はそっと、横目で隣の射撃エリアを見た。





[*前へ][次へ#]

3/27ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!