桜界逸史
長い付き合い
フロアに入ると、同期の背中を二つ発見した。
気持ちがスッと楽になる。
「やぁ、二人とも」
ポケットに入れていた手を両方とも体の前に出して、声をかけた。
「ん、空雉か。飛行テスト終わったのか?…にしては早いな」
空雉の呼びかけに先に応えたのは海神だ。
上手いこと仕事が一個減ったからね〜、と笑って返し、空雉はさっきから黙っている摂陸に目を向けた。
なんだか不機嫌そうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
「また海神に負けたのかい?懲りないねぇ、君も」
「……おい待て。負けたこと前提かよ」
暗いトーンでそう突っ込まれ、
「え?だって負けたんだろ?」
と、にっこり笑って言ってやると、摂陸は、あーもう!こいつら何なんだっ!と頭をかきむしって悪態をついた。
「分かりやすいんだよ、君は」
以前そう言って、本気で拗ねられた事があるので同じ失敗はしない。
代わりに別のことに話題を持っていくことにした。
「そういえばさぁ。明日あたり、銀に歩月からお偉いさんが来るらしいんだけど、何か聞いてるかい?」
歩月とは、歩月帝国のことをいう。
海を挟んで桜界の西に位置する国だ。
歩月とは同盟国であるため、向こうのお偉いさんが桜界に訪ねて来ることは別に珍しくない。
空雉の質問に対して摂陸は首を横に振り、海神は心配そうに眉を寄せた。
「それは…本当ならば気の毒だな。明日から数日間、強い雨が続く」
「あらら、タイミングの悪い…」
海神が雨だというのだからほぼ100%雨だ。
もちろん天気予報などからの情報ではない。
空雉が知る限り、今まで外したことのないその予想に疑いを持つ者はいなかった。
海神が言うには、雲の状態と風の強さ、そして空気の湿気(しけ)具合など…、その他諸々から判断するだけということらしいが、簡単に言ってくれる。
それを体の感覚だけで正確に判断するなど至難の業どころではない。
やはり海神は天才と言われるだけの事はあった。
しばらく黙って空雉と海神の会話を聞いていた摂陸は、首を傾げながら誰にともなく問いかける。
「なぁ。来んのはいーけど、何の用でだろ?」
「んー、そこなんだよねぇ。俺は来るってことしか聞いて無いから」
「ふぅん。桜界政府に行くんならまだしも、ウチに来るってのがな…どうも引っかかる」
「まぁ、きっと挨拶とかなんじゃない?出動依頼なら政府通さなきゃ駄目だし」
大した事じゃ無いでしょ、という空雉の言葉に淡々とした口調で海神が口を挟んだ。
「まぁ、後でオレが志國さんに聞いておこう。雨のことも言っといた方がいいかもしれないしな」
「うん……って、あれ?志國ってもうこっちに帰ってたのかい?」
空雉は少し驚いた表情になった。
確か志國は三日ほど前に「んじゃ、軍の総会行ってくるから」とだけ言い残し、いきなりの報告に戸惑う隊員たちを残してさっさと出て行ってしまったはずだ。
軍の総会は月に一度行われるが、日付が毎回バラバラなのでいつ行われるのかが分からないという欠点があった。
しかも志國の場合、行くという報告をするのはその前日かその日の朝になるので残される隊員にとってはかなりやりにくい。
自由な人なのだ、彼は。
「にしても、帰って来たっていう報告も無しとは。つれないねぇ」
軽い口調で冗談めいて言うと、海神にピシャリと制された。
「仕事が忙しいんだから仕方ない。わざわざ俺たちに報告する必要もないだろう」
諭す口調でそう言う海神に、摂陸はあからさまに口を尖らせて言う。
「……おめぇはマジで志國に甘いな。俺らにもその配慮向けろよ」
「あのな、言っとくがお前らが軽く話し過ぎなんだからな。相手は上司だぞ。それに、ただの上司ってわけじゃないだろう」
でもよぉ、と続けようとする摂陸に空雉が割って入るように口を開いた。
「ね、海神。志國が特別な上司だからこそ、あんま距離置くようなことはしたくないんだよ。分かってくれないかい?」
空雉の言い聞かせるような言葉に、うんうんと調子よく頷く摂陸を、不満そうに横目で睨みながらも何とか海神は納得してくれたようだ。
フンッと言ってそっぽを向いたのがその証拠だと、長年付き合っているおかげで空雉にはすぐに分かったのだった。
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