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桜界逸史
三人目の班長
 
眼下に広がる白い世界。

雲の上からの光景はほとんど変わらないのであまり面白くない。

『――ザザッ――…特別軍隊『銀』基地本部より、1番機パイロット、空雉(あだち)。応答願います』

戦闘機機内のコックピットに取り付けられたノイズ混じりの無線に向かって

「空雉、応答しました」

と短く応える。

高度と位置確認がなされた後、着陸の準備に入った。

このまま無事に着陸して今回の戦闘機の飛行テストは終了である。

あぁ、そういえば。明日はレポート提出の最終日だったね…。

などと、どうでもいいことを考えている間に機体は地面に接触したようだ。

そのままいつも通り、滑走路に機体を滑らせ、止まるのを待った。

「ふぅ…」

完全に止まったことを確認して、空雉はヘルメットを外す。

少し長めでくせのある黒髪と、穏やかそうな赤眼の顔が中から現れた。

「っと…」

空雉は機体から一気に飛び降りるようにして外へ出た。

これで午前のメニューは一応果たしたことになるので、休憩にしようと歩き出す。

が、その直後。

「いやぁお疲れ様です。素晴らしい飛行でしたねぇ、樹谷空雉くん?」

いきなりかけられた声の方をくるりと振り向くと、営業スマイル全開の機体メーカーの社員が立っていた。

いかにも、といったごますり口調に飛行時の緊張感が一気に砕け散る。

相手は下手に出ているようだったが、一応年上ということもあるので、空雉は敬語で応対することにした。

「それはどうも…、ありがとうございます」

「いやいや、君のようなパイロットに操縦してもらえると、こちらとしても作った甲斐がありますよ。どうでした?うちの機体は」

結局はそれが聞きたかったのだろう。
顔には期待していると大きく書いてある。

嘘をつく理由などないので、空雉は思ったことをそのまま口にした。

「んー、離陸時は全く問題ないですねぇ。扱いやすい機体でしたよ。飛行時の速度も、安定感もそこそこのモンでしたし…」

ただ、と続ける。

「着陸時にちょっと不安定になるところがあるかと思います。おそらく車輪のクッション部分に誤差があるのでしょう」

まぁ、あくまで俺の個人的な意見ですがねぇ。

と穏やかに笑って付け足しながら、空雉は内心で苦笑した。

俺じゃなくて、他に聞いてよね。

今回の飛行テストは空雉の班から選ばれた数名が行っている。

その数人が羨ましげにこちらを見ていることはよく分かった。

お得意のスポンサーに気に入られれば、出世コース間違いなしだからというのが大きいのだろう。
特に副班長。
目がぎらついている。

彼は以前、なぜ自分が副班長で空雉が班長なのか、と志國に詰め寄ったことがあるらしい。

その時は志國が上手いこと言って宥めてくれたらしいが、その時から彼は空雉にいろいろと突っかかって来るようになったのだ。

空雉自身はあまりなんとも思っていない。

が、今日のように空雉だけが特別扱いされるようなことがあると彼は必ず口を出してくる。

「お言葉ですが樹谷班長。僕はそう感じませんでしたね。クッション部分の誤差は無いと思われます。もっと他に、理由があると考えるべきでしょう」

これぽっちも『お言葉』だとは思っていないであろう口調だった。

社員が不安そうに、え?、え?っと戸惑う傍らで、空雉は誰にも分からないように小さくため息を吐いた。

いつも思うが、無駄な事をする奴だ。

どうにかして空雉の株を下げようとしてくる。

空雉はわざとニッコリ笑って、明らかにしてやったり顔の副班長に言った。

「そうかい?
じゃあこの後、君がメーカーの方に他の理由を事細かく説明してさしあげてね」

「……はっ?…それは班長の仕事では?」

「別に副班長でもいいでしょ。俺は他に言いたい事とか無いしねぇ。ってことで、ヨロシク〜」

メーカーの男に一礼してから、片手をあげて、くるりと背を向けた

「あ、そうそう。副班長さん」

思い出したように言って、しかし振り返らずに、立ち止まる。

「一応クッションの誤差、調べさせて結果持ってきて」

もう一度片手をあげて、テスト用の飛行場を後にした。

今頃、副班長はごますり社員の質問攻めになっていることだろう。

メーカーだって必死だ。少しの不備でも責任を負うのはメーカー側である。

面倒くさい仕事がうまいこと一つ減った空雉は、その足で共同フロアへと向かった。





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