桜界逸史
花言葉は「捨て子」
どれだけそうしていただろうか。
周りに見えるものは夜の闇を吸い込んで一層不気味にざわめく木々たち。ただそれだけ。
それだけなのに、その少年はなにもない、ただ真っ暗な一点を見つめて動こうとしなかった。
ただ真っ暗な、母が消えて行った一点を。
離れる前に、少年の左頬には十字の傷がつけられた。
何度も、機械の様に何かを呟く母によって。
顔も忘れた母によって。
その傷の意味を知らない少年は、自らの頬から流れる血にも気付かない。
後で薬が切れた時に、燃えるような激痛が走るであろうが、今はまだ気付かない。
ただ、いい知れぬ不安感は感じていたのだろう。
いつものように、不安げな瞳をわざとらしく笑顔でかくし、縋るような声で言った。
「かぁさん、今日のごはんはなぁに?」
かぁさん、と呼ばれたその女性は少年を無表情で見つめた後、その表情を変えることなく言った。
「今から用意するから…母さんが帰ってくるまで待ってなさい」
純粋な少年にはあまりにも残酷な、待ってなさい、という言葉を置いて。
戻るつもりのない母は、少年を残し闇へと消えた。
咲いたのは一輪の彼岸花。
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