[携帯モード] [URL送信]
忘れない
夜闇を駆ける星を一つ見送ると、葉は再び歩き出す。
 肩ほどまで伸びた長髪が風に揺れる。今訪れている国は年中温暖であるため、夜も暑さで眠れないことがしばしばであった。そんな気候が続く中での夜風は生温いながらも若干涼しいもので、葉の目は心地よく目を細めたのだった。
 まるで伸びをするかのように腕を伸ばし、風を受け止める。暫くの間優しく吹き抜ける風を全体に浴びようと胸板を広げると、風は余計に強さを増した。
嗚呼、今日は涼しいほうだなあ、と感じながらも、ふんばりヶ丘を恋しく思ってしまい、少し苦笑を見せる。湿った地面を使い古したサンダルに滑らせながら、葉はひとつの丘に向かっていた。
 彼の周りは実に静寂に包まれていた。それもその筈で、この地帯一辺は開拓地であったのだ。小さな村を作ろうというひとりの地元民の提案に誰もが賛成しないまま、結局は作業が進まぬままの、半ば放置された土地となってしまっている。
理由は様々であったが、何よりの原因であったのが、絶えない紛争の中での村を新興させるという余裕がなかったことであった。誰もが今の自分の暮らしを守るのに精一杯であった。
それを葉自身納得しながらも、ここに村をつくれば穏やかになれると賛同していただけに、遺憾を感じざるを得なかった。
早く、争いが絶えないこの世界を、なんとかしなければならない。
 改めて思う自分の使命を景色に写しながら、彼は果たして、丘へと続く階段まで来ていた。片手には小さな白い箱を持っているが、それは明かり一つない闇夜の中では、判別がつかない。彼はそれをしっかりと握っていた。まるで大切なものを手放さないようであった。

 (よし……着いたっと)

 階段を昇りきると、小高い丘にようやく辿り着く。其処からは開拓地一体が見渡せ、星もより一層近くに感じられる。よく見ると、開拓地の向こうには村と思われる街明かりが点々と見える。しばらくじっと見つめ続けると、果たして、彼はその場に腰を下ろした。
右手に持っていた小包を広げる。そこから出て来たものはふたつの小さなショートケーキであった。未だ街には詳しくなかった彼であったが、前もって店を調べ、数キロ先まで歩いて買いに行ったものである。
赤くて大きなイチゴが、真っ白に塗られたケーキを彩っている。箱の中にはプラスチック製の小さなフォークがふたつほど在ったが、葉はひとつしか取り出さなかった。

 「んー……やっぱりチョコケーキのほうがよかったか?……」
 
 一人で呑気な言葉が漏れているが、彼の好みでそのようなことを言っているわけではない。彼なら、ケーキならどんなものでも好きだ。ショートケーキももちろんであるし、チョコレートケーキであっても。
葉がケーキを考え選んだ原因は、在る人の好みによるものであったのだ。といっても、葉はその人がどのようなケーキを好むか知らなかったものだから、悩みに悩んだ末憶測で選んで来てしまったのだ。
敢えてシンプルなものを選んでいるため、きっと『彼なら』怒らないでくれるだろうと信じながらも、怒ってしまってもきっと食べるんだろうなと考えると、不意に頬が緩んだ。
ケーキをひとつ取り出し、口に運ぶ。来ることはない彼を脳内で思い浮かばせながら、まるで話しかけるように、葉は切り出した。
 
 「今度はお前から買ってきてくれよ。オイラだって忙しいんだぞ」

 目を閉じた先に、闇はなかった。あるのは見慣れた民宿で、縁側に座る、男性が見えた。
男性は葉よりも長い長髪であり、擦り切れたマントで、身体をすっぽりと覆っている。耳には星の大きなイヤリングをつけており、それは葉が腰につけているアクセサリーと瓜二つのものであった。
 長髪の男はやがて、葉へと振り向く。
長い髪がこの国とは違う風の揺られ、何処かに流されてしまいそうな程であった。男は葉を見て優しく微笑むが、いつものように言葉を返さない。決まって葉が喋りかけるのをまっているかのようで、しかし葉は、悲しい顔をして妥協することしかできなかった。
 
 「なあ、ハオ。オイラは、お前の声まで思い出せなくなってきたんだよ……それって、すごく寂しいんだ」

穏やかに、だが、どこか消え入りそうな程に悲しい声で、葉は呟く。ハオと呼ばれた男は、まるで映画のワンシーンで止まったかのように、ぴくりとも動かない。綺麗な黒髪だけが風に攫われ、そのまま沈黙が続くだけであった。
 葉にとって、この沈黙は恐ろしいものであったのだ。今目の前に広がる景色は、葉が思い出をもとに作り出した、空想にしか過ぎない。記憶も曖昧で、ハオの声すらも思い出せない。結果、ハオは語りかけようとしない。
葉がハオに語りかけなければ、終いには記憶が今に埋没していき、残らなくなるかもしれないからだ。それは、記憶の空想世界が消えることを意味する。いつか葉は今広がる光景すら思い出せずに、ケーキすら食べることも忘れるかもしれない。
葉は喋った。今訪れている国の事、連絡を取り合っている仲間達の事、昔のG.Sでの出来事。どれも思い出せるだけ、多く多く語りつくした。熱帯夜で喉が枯れることに嫌気がさしていたが、そんな不快感も吹っ飛ばしてしまいたいくらいに、葉は焦るように、喋った。
ケーキのクリームが温暖に負けて溶けて行き、崩れて行く。葉は続ける。

 「オイラは、毎年この日が来る度に……お前と過ごすこの時間を、忘れたくない」

 目を空想上の人物と会話をする葉の姿を、傍から見たら滑稽に思えるだろう。
葉自身、嘲笑を見せていた。しかし今此処では、葉一人しか存在しない。そして浮かべるのは、忘れてしまいそうな程に儚い、美しい、兄の姿であった。
かつてヘッドホンで音に逃げ込んでいた代わりなのかもしれない。そうであったとしても、葉はこの逃避に酔いしれ、毎年この日が来る度に、一切の現実から遮断する一瞬を味わった。
 
 「お誕生日おめでとう」

――……瞼裏の恋人に語りかけると、やがて葉は目を開いた。其処にはかつての民宿もなければ、かつての仲間もいない。そして恋人さえも。唯、兄を思わせる星の数々が夜空を彩り、葉の寂しさを救い出そうとする。
だが葉の瞳は、手元に存在するケーキをうつしていた。別段空腹でもなく、むしろ寂しさであまり食事が喉を通らないでいるため、食べきれるきがしない。
それでも買おうと決心したのは、記憶の中に未だ残る、兄の姿を見つけたからであった。だがその姿を覚えて居られるのはいつまでだろうか。来年は既に、彼を忘れてしまっているかもしれない。約束だけが葉の行動として残り、約束した本人のことは、忘れてしまうかもしれない。
誰かが聞けばそんな馬鹿なことがあるわけがない、と嗤うかもしれないが、葉にとっては不安で仕方がないのだ。そしてこう言うかもしれない。そんなに忘れたければ、写真でも動画でもメモでも残せばいい。形に残れば忘れないだろう。
しかし葉はこう否定するだろう。形が残っていても、自分は忘れてしまうかもしれない。自分はかつて、人を嫌った者である。冷徹な人間である。温もりなんてものを、覚えていられるようなたいした人間ではないのではないか。
 葉の不安はやがて胃袋を圧迫していき、ケーキは食べられないまま、箱へと返された。もうひとつのケーキは空想の兄へと贈るものであるが、当然食べられたものではない。
 
(あーあ……完全に勿体ないんよ……)

 確か去年もこうして、結局はケーキをあまり食べれなかった覚えが在る。
いい加減学習すればいいと思いながらも、忘れてしまうくらいなら、ケーキ代くらいなんてことはない、と罰当たりなことを考えてしまう自分がいた。やるせなさにそのまま仰向けになると、視点は自然と星空へを目指す。
 脱力したように身上げ続けた後、枯れ切った声を絞り出しながら、葉はうわ言を吐く。

 「……もし、オイラがハオを忘れてしまっても、」

忘れて、しまっても。
言葉の続きが見当たらない。生ぬるい土の感触を背中に感じながら、心は故郷を思い浮かべる。恐らく言葉の続きを語ってしまったら、自分は泣いてしまうのではないかと思えたからだ。
そればかりはいけない。自分はもう大人だ。妻を守る男なのだ。子どもを見守る男なのだ。もう少年ではない。あの頃には帰れないのだ。

直後、風が葉の身体を包む。
葉はまた眼を閉じた。瞼裏には、相変わらず彼が居た。一向に喋らない彼が居た。

箱のケーキは、ひとつ消えていた。




☆☆あとがき☆☆
麻倉兄弟28歳の誕生日おめでとうございまあああああす!!!
そして今シャーマンキングの一挙放送がニコ生でやっているようで、これはマンキン祭りだなと思って気合い入れて更新させて頂きました!

ハオと葉はまだ三十路ではないんですね……わかいなあwwww
ハオ様も花編では良いキャラしてますし、葉様も相変わらずユルいですよんねwwww
この小説もまた糖分ゼロですが…orz

最後はハオが来てくれてるけど、葉が感じれないっていう誕生日のつもりがすれ違ってますが折れトンではほのぼのです……ほのぼのです!!!!←

シャーマンキング続編アニメ化、もしくは完全版の映画化期待です!おめでとう!


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!