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読み物(表)
1
使徒も来なければ会議もない、珍しく静かな日だった。
ミサトは白い光で照らされた無機質な部屋で、多くの書類に囲まれながら、それらに目を通してはサインをしていた。
誰も来なければ何事もなく一日を過ごせる空間だが、そこに1人の少女が鼻をならしながら、けたたましく乗り込んで来た。
「ミサトぉっ」
ミサトは書類の山から顔を出し、入って来た人物を確認した。
「アスカ、どうしたの?」
入ってきた人物は入室する前からの足音から推測したのと同じ人物だった。
「ねぇ、今度の土曜日に109に一緒について来て欲しいの」
「109?何で」
109というと、旧東京、つまり、かつての東京都にあった若者向けのファッションビルである。しかし、東京都がセカンドインパクトやテロにより壊滅した今、109は新たに首都機能を持たされた第三新東京市や旧長野県松本市にある第二新東京市にも移設されていた。
「これ!」
アスカは目を見開いて、インターネットで印刷して持って来た紙を強く指差した。 そこには、アスカのお気に入りの店の名前と福袋についての記述があった。
「えーっと 、女性の保護者の方と二人で来れば福袋一つにつき2万円相当の限定ブーツプレゼント…ははーん、これが欲しいわけね」
そのブーツは、緑がかった深い爽やかな青色の締まったデザインの物だった。アスカは首を激しく縦に振った。
「ね、イイでしょ、ミサト!」
「でも、こういうのって早く並ばないといけないんじゃないの」
ミサトはよく年始に放送されるニュースを思い出していた。女性たちが所狭しと並び、無理やり連れて来られたであろう父親達の姿を。
「う…ん、そうなんだけどさ…。お願い!使徒迎撃でアタシ達頑張っているし、この間だって修学旅行に行けなかったから、代わりのご褒美としてついて来て欲しいの!」
使徒迎撃と聞いて、日頃からアスカやシンジやレイに負い目を感じているミサトは眉を下げた。
それに加えて、仕事ばかりで暫く街中に出ていなかったミサトは、これを機に自身も買い物をしたいと思いはじめた。
女性の保護者の方、とわざわざ条件を指定してあるのは、保護者の方にも買い物をさせて利益を上げようとする店側の魂胆だろう。
「今度の土曜日は非番だし、い…」
ミサトが了承の返事を出そうとした途中で再びドアが開いた。
「ミサト、ちょっといいかしら」
鮮やかな金髪と白衣をひるがえしながら入ってきたのはリツコであった。
「 あ、アスカちょっと悪いわね」
「大丈夫よ、ミサト」
足早に部屋から出て行くミサトを、アスカはひらひらと手を振り、満面の笑みで送り出した。アスカはブーツを手に入れる自分を想像しては心踊らせていた。


部屋から出て、ミサトはてっきりリツコが自室に向かうものだと思っていたが、その予想が外れた。 リツコはミサトの部屋の外ですぐ立ち止まったのである。
「え、何?リツコ。仕事の話じゃないの」
ミサトは目を丸くした。目の前には珍しく、えらく申し訳なさそうな顔をしたリツコがいた。
「 あの…ミサト。お願いがあるの」
「ん、何?」
リツコはアスカと同じようにインターネットで印刷してきたのであろう紙をミサトに手渡した。
「んー、なになに…アラサー2人組ご招待、この旅行で癒され幸せラブ婚ゲット…え、何これ」
ミサトは声を濁し、リツコの顔を見た。アラサー2人組という単語に加え、 婚約という単語にリツコの性を疑った。2015年になった今、日本では同性婚は認められており、確かにリツコとは親しい仲ではあったが、ミサトの顔は引きつった。
「ははは…あのさ、リツコ…私、流石に女と結婚する気は無いわよ」
リツコはうっとりとミサトを見つめ、 紙を持っていたミサトの手を壁に押し付けた。一瞬の隙をつかれ、ミサトがしまったと思った時にはリツコがミサトを抑え込むような態勢になっていた。
「ちょっ…リツコっ」
ミサトは真っ赤になってリツコを睨んだ。
「 あ、あなたにはマヤちゃんがいるでしょう
ミサトうろたえた。その脳裏には先輩、先輩と健気にリツコを慕うマヤと爽やかなリツコの姿が浮かぶ。 指令室で会話を交わす2人、食堂で食事をする2人…それは上司と部下の関係を超えた別のものにミサトは見えていた。リツコの顔がミサトに近づく。
だが、ミサトの言葉を聞いた途端にリツコは無表情になっていた。
「…何、勘違いをしているのよ」
「え?」
リツコはミサトの拘束を解くと、紙をひょいと取り上げ、代わりにその手にペンを持たせた後、細かい字を指差した。ミサトは細かい字を読み上げていく。
「 行き先…熱海ニャンニャン島…」
ニャンニャン島と見て、ミサトはある新聞記事記事を思い出した。 ニャンニャン島とはセカンドインパクトで水没した静岡県熱海市の山が陸地から独立して島になってしまった場所にある。
水没して島になる前には人が住んでいたが、島になってからは元々その土地にいた猫だけの場所になってしまった。
そこに猫好きにより、とってつけたように名付けられたのが熱海ニャンニャン島である。 しかし、そこには定期船は出ておらず、まとまった人数が集まらなければ船が出ないようになっていた。
したがって、ニャンニャン島に行くには猫好きで集まってグループを作り、上陸申請を出すか、今回のように何かのツアーに参加するしか方法が無かった。
しかし、ツアーに参加するにしても、猫好きで集まるにしても、日頃忙しいリツコには都合が悪かったのだという。 ミサトはニャンニャン島への案内とリツコの顔を交互に見た。
「まさか… 」
「ミサト、私は誰と行こうが別に2人で行くことには興味は無いの」
リツコの目が血走っている。彼女にはニャンニャン島にいるであろう、沢山の愛くるしい猫達しか目に見えてなかった。
「 今度の土曜日にあるから、ここにサインをして、ただついて来てくれればいいの」
「 今度の土曜日…」
アスカがミサトに頼んだのも今度の土曜日だ。血走った目をしたリツコにミサトは力なく言う。
「別に…私でなくても…いいんじゃない?ほら、マヤちゃんがいるじゃない」
リツコの目がミサトを射抜くように光った。
「条件で、男女問わず29歳から32歳の人間でなければ駄目なの。私も今度の土曜日はたまたま非番。だから私はあなたに結婚するカップルのふりをして来てもらわなきゃ困るの。忙しい私はこの機会を逃せないの!」
リツコはミサトに早口でまくし立てる。いつもの冷静で理知的なリツコは姿を潜めていた。 断ったら何をされるか分からない。何かの実験台にされてしまうかもしれない。
「か…加持君じゃ駄目なの?」
年齢的には条件を満たしている。 ただ
「あなたに悪いでしょ」
とリツコは言い放った。ミサトは僅かに頬を微かに染めて黙りこんでしまった。
「変な所は気を利かせてくれるのね」
「ふふふ…それにね、リョウちゃん今度の土曜日は都合悪いみたいなの」
何時も暇そうにしている癖に、とミサトは心の中で加持に悪態をついた。
「さぁ、サインを」
じりじりとリツコはミサトに歩み寄る。
はい、とミサトがリツコの迫力におされ、了承の返事を言いかけた瞬間だった。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
ミサトの部屋から勢いよくアスカが飛び出して来た。部屋から聞き耳を立てていたようだ。
「何か怪しいこと喋ってると思ったら…赤木博士!悪いけれどミサトは今度の土曜日に私と109に行くの!」
「 アスカ、悪いけれど今回は譲って貰うわ」
リツコが冷ややかな目でアスカを見る。
「駄目なの!女の保護者じゃなきゃブーツを貰えないの」
アスカはミサトの腕にしがみついた。
「リツコ…ここは流石にアスカに譲った方が…」
小さな声でミサトがアスカに譲るよう諭そうとした時に、リツコはミサトの腕にしがみつき、ミサトの耳元で囁いた。
「えエビス一ヶ月分」
ミサトは声を張り上げる。
「あぁー物で釣ろうってぇのね駄目よ!ミサトはエヴァパイロット命令で私と109に行くの 」
アスカがミサトの腕を引っ張る。
「では技術部から正式に要請するわ。葛城三佐、私と一緒にニャンニャン島について来て下さい」
リツコがミサトの腕を引っ張る。
「痛たたた…」
アスカとリツコに腕を引っ張られ、ミサトは苦悶の表情を浮かべていたその時、通路の奥からミサトを呼ぶ声がした。
「葛城さーん、ちょっとすみません。予算についてお話しが…」
仕事の話のようだったので、ミサトはアスカとリツコを振り切り、急いで日向の方に駆けて行った。
「…ありがと、日向君」
「え、何ですか、急に」
ミサトに急に礼を言われ、日向は耳を赤くした。 そして、ミサトに振り払われ、その場に残されたアスカとリツコの2人は互いに睨み合っていた。


日向との話し合いが終わり、暫くした後、ネルフ本部内に放送が流れた。
「戦術作戦部作戦局第一課の葛城課長、技術部E計画担当者赤木博士がお呼びです。至急赤木博士の研究室にお伺い下さい…」
放送を聞いてミサトは肩を落とす。
「リツコのやつぅ…」
ミサトは呼ばれた理由を把握し、仕方なく研究室に向かった。ドアがミサトを歓迎するかのように勢いよく開いた。中には黒服の男達がリツコと一緒に待ち構えていた。
「 …ふふふ、ミサト分かってるわね」
ミサトは溜息をつく。
「何でわざわざ構内放送を使うのよ。しかも諜報部まで呼んで…」
「私はあなたを逃がすつもりは無いのよ。ミサト」
ミサトは名前を呼ぶ声に背筋を震わせた。蛇に睨まれた蛙というのは今のような状態を指すのだと思った。
「はあ、サインをすればいいんでしょう、すれば…」
ミサトがペンを手にとりサインをしようとした時、1人の男がリツコの研究室の中に入ってきた。
「葛城さんっ!」
生真面目に制服に糊を効かせ、髪をオールバックにした男、日向である。
日向が入ってきた瞬間諜報部が身構えたが、日向はすかさずそれを手で制した。
「…すみません、また予算で少しお話しが…」
ミサトはリツコの顔をちらりと見た。
「だ、そうよ…。リツコちょっと失礼するわ」
リツコは都合が悪そうな顔で日向とミサトを見送った。


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あきゅろす。
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