偽人語り
噂⇔おまじない
「今日もお疲れ様っす!十代目!!」
「あ、獄寺君。トイレ早いね…」
「えぇ。少しだけだったので」
獄寺の爽やかな笑顔に、自分もにっこりと返す。
翌日、山本が朝練ということで綱吉は獄寺と二人で黒曜の三人(うち一人は並中に転入)でお馴染みのゲームが行われた。
危なかったが、今日も何とか乗り切った。
一日始まったばかりなのに一日終わった後の様感じられる。そして、家ではなく学校でやたらと安らぎを感じる。
当然その原因と言えば。
家では死ぬ気で攻撃を回避。
朝には死ぬ気で逃走ゲーム。
この最悪タッグがある所為だ。
逃走に関しては帰りにもあるのかと思うと、学校の中はパラダイスだと思う。
ベルフェゴールと違って、獄寺達は何かあればちゃんと助けてくれる。
「朝から疲れたぁ…」
横にいてくれる獄寺に少しの緊張感を覚えながら、机へ突っ伏す。
朝の机はまだひんやりしていて心地良い。
「十代目は流石ですね!」
「え?あ、何が?」
「今朝のゲームですよ!」
それか、と苦笑いを浮かべる。
間違いなく、足を引っ張っていたのは自分だ。
「そんな事ないよ。獄寺君が頑張ってくれたから、オレ無事だったんだよ?」
ありがとう、とお礼を言えば獄寺は感極まって涙ぐむ。
「そんな、滅相もなお言葉…!オレ、感激っす!!」
「そんな泣かないでよ…」
しかしそれ以上は特に言う気にもなれず、う〜ん、と身体を伸ばす。
しかし自分なんかにそい言われてそんなに嬉しいんだろうか。歩み寄ってくる人影に気付いて、綱吉は机に張りつきながら顔を向けた。
「おはよ!二人共!」
「おはよう、山本」
「あぁ。おはよう」
何時もの様に素っ気なく返す獄寺。
山本は何時もより目をキラキラさせ、近くの椅子を引っ張って近付けてくると、背もたれ側に身体を預けて座ってきた。
「なぁなぁ、ツナ!『いつひとさん』って知ってるか?」
「知らないけど…───誰?芸能人?」
違う違う、と爽やかに笑うと、実はさ、と身を乗り出してきた。
「野球部の連中から聞いたんだけど、『理想の自分』が見えるっていう話で…―――」
「あ、知ってるよ!」
可愛い声で、そう声をかけて来たのは京子。親友の黒川花を連れてこっちにやって来た。つい片想いに胸が高鳴って身体が起き上がる。
「『いつひとさん』でしょ?最近、並盛で噂になってるんだよ?」
「それって、どんなの?」
とても癒される声に、顔がにやける。
横にいる黒川は、腕を組んだままこちらを見下ろしている。呆れているような顔だ。
一方、京子はあのね、と無邪気に笑った。
「並盛神社の裏手にある池があるでしょ?あの水を夜の12時に覗き込むと、『理想の自分』が見えるの。それが『いつひとさん』だよ」
「でもわざわざ池を覗かなくても良い奴でしょ?池の水を洗面器に張ったりとかしても見えるとか」
「そうなんだよね」
うふふ、と笑ってくれる顔が本当に癒される。
「それって…続きはありますか?」
「え?続き?―――うん、あるよ?」
」
獄寺が丁寧に聞くと、京子はこくりと頷いた。それでね、と獄寺を見つめて続きを紡ぐ。
「ずっと見てると、『いつひとさん』が自分に気づいて手を伸ばしてくるんだって。それに自分も手を伸ばすと、『いつひとさん』がこっちに来ちゃうんだって」
怖いよね、と何でもないように笑う京子。綱吉は逆に笑うことなど出来ずに寒気を覚えた。
「そ、それって…―――怪談?」
「オレは噂だって聞いてるぜ?」
首を傾げた山本はその後、ポリポリと頬を掻く。しかし、京子はあれ?と違う反応で首を傾げた。
「私は『おまじない』って聞いたけどなぁ?」
「おまじない?」
そう!と京子がまたにっこりと笑ってきた。
「手を伸ばしさえしなければ、後は運が良くなるんだって!この『おまじない』やって、運が良くなったって人がいっぱい居るみたいなの!何か、普段出来ないことが出来るようになったんだって!」
「へぇ、そうなのか!それは初耳なのな!」
山本もぱっと表情を明るくして、にっこりと笑う。
やってみようかな、と呟いた山本を余所に、黒川はでも、と続く。
「他にもやってみた子いるけど、その子は何にもなかったって言ってるわよ?理想の自分も見えなかったし、至って普通だって」
「え?それ、本当?」
京子が首を傾げながら返せば、黒川は勿論、としっかり頷いた。
「それ、『運が良くなった』とは言いませんよ」
黙って聞いていた獄寺が、静かに口を開いた。
綱吉は少し違和感を感じながら見やると、獄寺は眉間に皺を寄せて人差し指を立てた。
自分同様、山本、京子、黒川も獄寺へと顔を向ける。
「でも、出来ないことが出来るようになったって言ってるじゃん?」
「出来ない事が出来『た』は『たまたま』ですが、出来ない事が出来る『ようになった』は『苦手改善』です。ニュアンスの違い、分りますか?」
そうねぇ、と黒川は納得した。
自分もその違いはなんとなく分るが、山本と京子は今一よく分らないらしく、小さく首を傾げあう。
「例えば、跳び箱にしましょう。いつも七段が飛べません。でも、一回目の挑戦で飛べた。しかし、二回目は飛べなかった。それからも飛べない…―――これは?」
「『たまたま』…だよね?」
京子が山本に同意を求めるように顔を向けると、山本はこくりと頷いた。
「では七段を飛べません。でも練習しました。それで一回目飛べました。更に、二回目も、三回目も飛べるようになりました。これは?」
「出来る…『ようになった』…―――?」
自信無さそうに答えた山本に、獄寺がそうです、と力強く声を掛けた。
「前者は確かに『運が良かったら』なりますけど、後者は『経験』が物を言います。これが『違い』です」
今一だった内容が、自分でもしっかり分かった。
自分は何時も無い運に頼りまくっているので余計にうんうん頷いた。
あと、さっきからの違和感も解消される。珍しく、皆に対して丁寧語を使っている所為だ。
「凄い分り易かったよ獄寺君!」
「いえ、そんな…」
「は?」
黒川が組んだ腕を解きながらこっちを見て来た。他の二人も同様に、きょとんとしている。
何でだろうと思っていると黒川は呆れたように獄寺へ指を差した。
「工藤君よ?朝から何寝ぼけてんの?」
一瞬だけ、頭が真っ白になった。
しかし即座に綱吉は席を立とうとして…―――椅子ごと後方に倒れた。
「ツナ君?!」
「ちっ」
「舌打ちすんなっ!」
真っ先に頭をぶつけたが、今まで座っていた位置に三叉を握っている獄寺の姿を確認して、良かったと思った。
どうやら幻覚の様だ。みんなには獄寺が三叉を向けている姿は見えていないらしい。
寧ろ、驚きすぎだという視線を向けられている。
大人しく爽やかに笑っている骸が写っているのだろう。
さっきから山本や京子に口調が丁寧だったのはその所為か。
「十代目ー!」
教室のドアから獄寺がにっこりと笑ってやって来た。
しかし直ぐに表情は怒りへと変わり、こめかみに青筋が浮かんだ。
「てめぇ、骸!何してやがんだ!!」
懐からダイナマイトを取り出し臨戦態勢に入ってきた。指の間に挟めるだけ挟んでいる姿が、間違いなく本気で有ることを示した。
そして、その手の甲に視線が止まる。
あ、れ…?絆創膏?
朝は気付かなかった。
獄寺の白い手の甲に、茶色い絆創膏が貼って合った。
しかし、余計な事を考えている時間などなく、今にも暴れだしそうな獄寺に綱吉の死ぬ気で止めるスイッチが入る。
がばっと起き上がって獄寺にまっすぐ突っ込んでいく。
「山本!ちょっとオレ、トイレに行ってくる!」
「おう!りょーかいっ!」
骸に向かって行きそうな獄寺の腕を掴んで、引っ張るように逃げる。とりあえず、骸にさえ近づけさせなければ戦闘は回避されるはずだ。
バタバタと駆けて、ホームルームに向かう教師とすれ違って近くのトイレに獄寺を連れ込んだ。
「どうしたんっすか十代目?」
「いや…ごめん…っはぁ」
呼吸を整えてから、絆創膏を貼ってある手を引っ張った。すると、獄寺の身体がびくりと震えた。
「これ…どうしたの?」
「え?あぁ、これっすか?」
獄寺は何でもないように絆創膏の付いている手の甲を見下ろす。
「昨日、帰る時にチンピラに絡まれて。その所為です」
「ご、獄寺君?!大丈夫だったの?!」
「平気っすよ!」
ぐっと握り拳に力を加える。その表情はいつもの様に笑う。
「結構出来るみたいだったんすけど、返り討ちにしてやりましたから!」
確かに、ダイナマイトに対抗できるのはそんなにないと思うが、心配なのは心配だ。
少し身長の高い獄寺を見上げる。近いから、煙草の香りも微かにする。
「前も言ったけど…―――無茶…しないでね…?」
一瞬、目を開いてから。
獄寺は俯いてぶるぶると震えだした。
「オレ!感激っす!!」
頬を紅潮させるほど嬉しい事なんだろうか。更には手を両手で包みこんできた。
「わ、分った?無茶しないでよ?」
「はい!勿論です!!」
その後、任せて下さい、と言って嬉しそうに笑いながら、包んでいる手をぶんぶん振ってきた。
本当にリアクションがオーバーだ。
すると、トイレのドアがぎぃ、と開いた。獄寺の横から覗き込めば見知る人物。
「あれ?お兄さん?」
「おぉ、沢田…───」
其処に居たのは了平。
トイレに入ってくるなり中をキョロキョロと見回し、ふぅ、と小さく溜め息を吐いた。
「何だぁ、芝生頭?」
「いや…な…―――」
そうどもってたかと思うと、ぐっとこっちを見て来た。
いつもより、顔が暗いような気がする。
「聞きたいことが…あるのだが…―――」
また、言葉が詰まる。
今言った通り、何か聞きたい事があるみたいなのに躊躇っているようだ。
「お兄さん…?」
いや、『苦しそう』だ。
そういえば、三年生の教室は…───二年生とは階を隔ててある。
それに今の時間はホームルームだって始まっているはずだ。
胸に、靄が立ちこめる。
了平を見ていると、獄寺が顔を歪めて睨んだ。
「さっさと言いやがれ!」
「わ、わかっておる!」
了平が取り乱したように声を張り上げた。トイレ内で響く。
それから、じっとこちらを見て、了平は目を閉じた。気のせいか、視界には呼吸が整ったように映り込む。
「昨日、握手をした時に気付いたんだが…───下にいたゾンビみたいな奴よりも…気になってな…」
「あの、気にして下さい」
つい突っ込めば、了平はすまん、と一言謝ってくれた。自分の周りに居る人は、何故こうも異常な程気にしないのだろう。
普通、ゾンビみたいなのが居たら逃げ出すか悲鳴をあげるだろう。
しかし、その考えもすぐに真っ白く吹き飛ばされることになる。
「沢田…───お前、『腕』に何かあった?」
硬直。
目を閉じたまま言って来る了平。
まるで、見たくないみたいにこっちを向いたままの了平に、『ぞわり』と身体の中で靄が蠢いた。
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