偽人語り
鬼と書いてスパルタ
三人を部屋に連れ込み、綱吉はビアンキに準備して貰ったコップを持って二階へと駆け上がる。
中に入れば既に座卓は用意されていて、中心にお菓子の袋が広げられていた。
端っこでは、ベルフェゴールがポテトチップスのカスを口の周りに付けながらバリバリと食べている。
すると、獄寺がこちらにいきなり土下座してきた。
「すいません!こいつが勝手にお菓子開けて食い始めて…」
「いや、それは良いよ。ジュース注ごう?」
面目ないっす、と言いながら獄寺がコンビニで買った果汁100%のオレンジジュースを開ける。何でも、朝に飲むと記憶力が上昇するとかで買ってくれたのだ。今は朝ではないけれど、明日からと気を遣って。
本当に、何でも知ってると思う。
「えー。王子、コーラが良い」
「手前、我儘言ってんじゃねぇ!!」
「ん?コーラならあったはず…」
冷蔵庫の中にランボ達が飲む用のジュースがある。それはいつも数種類ストックがあるのだ。
お盆を置いて、再び居間へ向かおうとすると、待って下さいと獄寺が声を張り上げた。
「オレが行きますよ」
「え、でも。居間にビアンキいるよ?」
「いえ!大丈夫っす!!」
そう言って、鞄からフレームなしの眼鏡を取り出す。それを掛けて、にっこり笑う。
「これで大丈夫なはずっす!」
「そうなの?じゃあ、お願いしようかな」
任せてください!と獄寺は張り切って部屋を出ていく。いつも思うが、獄寺には本当に眼鏡が似合うと思うのは何故だろう。
実はさぁ、と呟きながらベルフェゴールはポテトチップスを空にして小さく折り畳む。
「うちの部隊から逃亡者出ちゃって」
「え?逃亡者?」
ベルフェゴールは折りたたんだゴミを、持ち前のコントロール力で離れた位置にあるゴミ箱に放った。見事にダイブして、ごつんとプラスチックにぶつかる音がした。
「そ。ジャッポーネに逃走したみたいで、それを片付けに来た」
「え?日本に来たからって、何でまた並盛町に…」
「お前って、本当に馬鹿だよな」
ベルフェゴールは呆れたように言うと、頭の後ろで手を組んだ。
「お前の首狙ってに決まってんじゃん」
「えぇ!?オレの首ぃ?!」
「そ。ボンゴレの十代目『候補』。ボスを倒した実力もあるし…───多分、殺っちゃえば有名にでもなれるとか思ってんじゃない?だから、護衛の為に今日からそいつ始末するまでお前ん家泊まるから」
「えぇ?!オレん家に泊まるのぉお?!」
次々と突拍子もない発言を続けるベルフェゴールは説明を終えたらしく、ごろんと部屋に寝っ転がる。
「お泊り会?良いじゃん!」
「良くない!全然良くない!」
押し寄せる恐怖感に、ガタリと床に手を着いた。
ビアンキの言ってた気を付けては、ベルフェゴールという対照ではなく『暗殺者』の事だったらしい。しかも自分の命を狙われるというトドメに、ただただ泣きたくなるしかない。
今日、やっと学生らしい生活を送れたというのに、命を狙われなきゃならない生活が始まるとは何事だ。
「だから!マフィアになんかなりたくないんだよっ!!」
「じゃあ、今からボンゴレリング寄こせ♪」
カモーンと言いたげに手をくいくいと折り曲げる。
頬杖をついて、足をぱたぱたと折り曲げたり伸ばしたり。この完全に寛いでる様には、王子だからという理由で気にしないことにする。
「それは…それで駄目だなぁ…」
今日、とても反省した。
お化けに追っかけられて、指輪と手袋が無くて本当に怖い思いをしたのだ。そして、その二つが有れば間違いなく対処できていたという事実もある。
あ、でもグローブさえ有れば良いんだっけ。
指輪は渡しても良いんじゃ無いだろうか。
「つーか、綱吉。聞いても良い?」
「はい、何でしょう?」
王子の前のなのか、つい敬語になった。
「お前、『何』?」
へ?
ベルフェゴールに言われた意味が分らず、ぼーっとベルフェゴールを見つめる。
すると、後ろのドアが開く。振り返ってみれば、自分の代わりにジュースを持って来てくれた獄寺が立っていた。
「てめぇ!寛ぎすぎだ!!」
「はー?良いじゃん。今日からオレ、此処でお泊まりだし」
「何だと?!」
べこん、と獄寺の握っているコーラのペットボトルが凹む。
青筋が浮かんでいる上に、鋭い目付きが吊り上って怖い。
「なっ、何か!オレ、暗殺者に命狙われてるっぽくって!!その人倒すまで泊まり込み…―――」
「違ぇって、『狙われて』んの」
「なあっ?!」
コーラを放り投げ、それなら、と綱吉の手を掴んできた。
「オレも泊まり込みます!!いつでもお傍で…―――」
「大丈夫だよ、獄寺君!」
本当に心配性だなぁ、と思う。
嘘を吐くわけじゃないけど、にっこりと笑う。
「ベルも居るし、昼間は獄寺君達と一緒だから!それに、優君とテストで勝負するんだよね?」
泊まり込みになってしまえば、確実に付きっきりで教えてくれるだろう。しかし、それで自分が赤点を取らずに済んで、獄寺が勝負に負けてしまうのは嫌だ。それに構わないと言ったのに、彼はわざわざ自分の為に勝負を受けてくれたのだ。
それは、彼の優しさ。
無碍にしたくないし、するものではない。
それは感謝すべき行為だ。
断じて、毎日のように勉強漬けになるのが嫌だとか、そんな事は考えていない。断じて。
「そうだな。獄寺が居たら、ツナもだれるしな」
突然聞こえてきた声。
少し体をずらすと、見えた。
「リボーン…」
ちゃお、と部屋に入ってきた。
「それに自分の身ぐらい自分で守れ。それぐらい、鍛えてるからな」
そう言っていると、リボーンはベルフェゴールを見る。
「で、『本当の目的』は何だ?」
また意味がわからず、え、と呟く。
にやりと笑っているリボーンは何かを完全に見抜いているみたいだ。ベルフェゴールはそれに驚いてキョトンとしていた。
何か、嫌な予感しかしない。
それから、うしし、と楽しそうに笑うと、ベルフェゴールはとナイフを一つ取り出す。
「『もし』殺っちまっても『責任』取ってくれるって」
ボスが、とベルフェゴールは念を押してけらりと笑った。
それはつまり家の中でも時間があれば『殺りたい』放題という意味では。
明らか、暗殺者より性質が悪い。
そして、その目の前にいる自分の鬼家庭教師の答えなんぞ分りきっている。
「てめぇ!やっぱり、十代目の命狙って…―――」
「分った。良いぞ」
ほら、やっぱりぃいい!!
リボーンさん!と驚きに声を張り上げる獄寺。
一方我が家庭教師はにやりと笑っているだけだ。
「ただし、条件付きだ。ママン達の前では投げるな。狙うのはツナだけだ。それ以外狙ったら…―――分ってるだろ?」
「もち♪」
それに、とリボーンは獄寺に振り返って、ふふんと鼻にかけて笑う。
「オレの生徒だからな。そんな柔じゃねぇ。『絶対、殺られねぇから安心しろ』」
かっちーん、とベルフェゴールが綱吉を見上げる。
そこ、睨む相手が間違ってると激しく突っ込みたい。
「そう…ですよね…―――」
獄寺が、呟いた。
さらに興奮したように頬を赤くする。
「頑張って下さい、十代目!十代目なら、こんな奴屁のカッパですよ!!」
「おう?よくわからないけど、頑張ってな?ツナ?」
案の定、皆さんはリボーンに賛成でした。
「んじゃ、スタート」
は?と足元にいる家庭教師に視線を落とす。
「スタートの合図だぞ」
「い、いや…あのさ、オレ、これから勉きょ…―――」
背中から嫌な寒気がしてお菓子をひっ掴む。
それを盾にすれば、案の定お菓子に銀のナイフがとすとすと突き刺さった。
「た!食べ物は大切に!!」
「盾にしたのはてめーだろ」
「ふごぉっ!!」
リボーンに背中から蹴り飛ばされ、部屋の中に横転する。
すると、楽しそうに笑っているベルフェゴールと多分目があった。髪の毛に隠れてるけど、確実に。
がばっと起き上がって、横に薙がれたナイフを躱す。
「ちょっと!タンマ!オレ勉強が!!」
「そんなの、王子に関係ねーし」
「そ、そんなぁっ!!」
―待ってよ、ベル―
部屋に、響き渡る声。
「こ、この声って…!!」
部屋の中心に藍色の霧が発生する。
それはどんどん形を作って、霧散した。
「や、綱吉」
そう言って、霧から現れた人物―――マーモンが、ふわふわと綱吉の頭の上に乗った。
「リボーンから聞いたよ?また怪異に遭ったんだって?」
「え?―――えあっ?!」
きっと、病院で起きた『約束』の事だ。
リボーンを睨み落とすと、頬を染めて顔を隠す。
「だってぇー。マーモンが聞いてきたんだもーん」
「激しく腹立つな!―――つたたた!」
マーモンはいきなり人の髪の毛を引っ張って、こっちを向かせる。
自分に話を聞かせる方が優先らしい。
「聞かせなよ。『タダ』で」
「い、嫌だ!話したくない!!」
「ふーん。じゃ、いくら積めばいい?」
「嫌だよ!お金積まれたって話したくないの!怖いの!!」
むむ、と良いながら頬を膨らませる。
その姿は赤ん坊だと思うと可愛いが、されても困る。
話したくないものは話したくないのだ。
「じゃ、良い」
そう言われた途端、いつもの超直感が働いてマーモンを掴み下ろす。
「むむっ」
「雲雀さんにやった『あれ』でしょ―――嫌だよ、痛いんだろ?」
更にぷくっと膨らんだ頬。
うん。これだけだと本当に可愛らしいと思う。
すると、目の前にベルフェゴールが立っていた。
「ベル、殺っちゃって良いよ」
「縁起でもないこと言うな!」
「当たり前」
そう言って、自分からマーモンを取り上げると同時に振り上げてきたナイフを後ろに身体を反らしながら躱す。
「ちょっとぉお!!」
もう勉強どころじゃない。
死ぬ気で自分の命を死守しなければならない。
部屋を飛び出して、階段を駆け降りる。
靴を履いて、家を飛び出した。
勿論、しっかりドアを閉めた。またドア越しにナイフの突き刺さる音がする。
そのまま夕方まで死ぬ気の逃走劇が開始する。そして、それはベルフェゴールの『腹減った』発言で終わりを告げるまで続けられた。
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