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偽人語り
勝負
授業を終えるなり、綱吉はデスクに突っ伏す。
とんでもない驚愕の現実に、自分の精神が崩壊してしまいそうだ。それはもう狂ってしまいそうなぐらい。

「すっかり…忘れてた…―――」
「それで、さっきから暗いのな?」
「大丈夫っすよ、十代目なら!!」

ここ数日、本当に非現実が多すぎて、たった今直面している現実に耐え切れそうにない。
それなら、まだ幽霊とかに追い掛け回されている方が…―――と思ったが、それぐらいなら、やっぱり赤点で補習受けている方がマシだ。
今日みたいな目に遭うのは、本当に嫌だ。

獄寺は頬を紅潮させて、目をキラキラと輝かせた。

「十代目なら楽勝っす!!」

そんなことは無い。
そして、そう言われながら何度赤点をってきた事か。
しかし口には出さずに、ありがとう、と答える。

「心配なら、今日から…―――」
「おい、獄寺」

ん、と顔を上げる。
其処には眼鏡を掛けた、同じクラスの生徒。
いかにも優等生な感じ…―――ではなく、本当に優等生。

名前は、確か…───。

「…優君だっけ…?」

本名、知識優(ちしきすぐる)。
学力は何時も獄寺の次に良い。
常にトップを爆走している獄寺の後をくっ付いて離れず、総合点数がいつも数点で二位に納まっている。
くい、と眼鏡をあげ、獄寺を睨む。

「勝負だ」
「は?」

いきなりの発言に、獄寺は眉間に皺を寄せる。

「次の中間テスト、君に勝つ!」
「はぁ? 訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇよ」

ふふん、と鼻に掛けたように笑う。
ぼーっと見て、何か、と思う。

「君は『勝負』という漢字の意味も分かんないのか?」
「細かく教えねぇと分かんねぇのか?『勝負する意味』が分かんねぇっつってんだよ」
「何…?」

綱吉はそのやり取りを、景色の一部として見届ける。
机に突っ伏した状態から、半ば意識を飛ばしてそれを見守った。

そう、これ。
『こういうの』が普通なんだよな。

目の前で繰り広げられる日常味溢れるやりとりに胸が和む。
マフィアやお化け、全く関わりない普通の日常。これが、オレの望んでる駄ライフだ。

「テストなんて自分が理解してるか試すためのもんだろ。わざわざ勝負する理由が分かんねぇんだよ。つーか、オレが勝ったら何か良い事でもあんのか」
「そ、それは…―――」

たじろきながら、少し後ずさる。
 どうやら何も考えていなかったらしい。
 それで勝負宣言をするなんて、とっても勇気があると思う。
 さっきの発言で教室のみんながこっちを見ている。
勿論、骸も此方を傍観している。しかも面白そうに口元に笑みを浮かべている。やっぱりこいつは性質が悪い。

「なっ! 何だよ、ダメツナ!!」
「え?」

 いきなり振ってこられて、意識を覚醒させる。

「馬鹿にしてんのか?!」
「え?! そんなこと思ってないよ! 寧ろ…―――」
「んだと、手前!」

 ぐいっと、獄寺が知識の胸倉を掴み上げる。そしてきりりとした目付きで、睨みつけた。

「十代目に向かって『ダメ』だと? 訂正しやがれ!!」
「獄寺君?! それは良いよ!!」
「いいえ! 十代目が許してもオレが許しません!!」

 間に入って、一応獄寺には知識の手を離してもらう。そして違う方向で火の点いてしまった獄寺を宥める作戦を決行する。このままでは知識だけではなく教室、学校までも半壊してしまう。

「オレ気にしてないし! いっつもの事だし、事実だし! 気にしなくて良いよ!!」
「いいえ! 許しません! こいつは、十代目の素晴らしさを分かっちゃいねぇ!!」

 すると、知識がにやり笑った。

「駄目な奴に駄目って言って何が悪い! そんなんだから、何時までも駄目なんだろーが!!」

 少し周りの雰囲気がむっとし始める。
 普段笑っているあの山本でさえだ。

 だけれど、今の発言は。



「えっと…───ありがとう?」



 首を傾げながら放った言葉が、悪かった空気が固まる。

「そうだよね。諦めてばっかりいたら、駄目だよね」

 喧嘩が始まりそうだったのに。
 言われたのは間違いなく悪口だったのに。

 『そんなんだから何時まで経っても駄目なんだ』。

 そう言われ、頷いてしまった。
 自分を駄目だと認めているのが、駄目だと言ってくれたのだろう。

 駄目だ、なんて言い訳で諦めきれないことがいっぱいあった。
 戦闘然り、怪異然り。

 テストで沈んでいた気分が明るくなる。
 少しだけ、元気が出た。

 知識が口をぽかんと開けてこちらを向いている。



「だから、『ありがとう』」



 へへ、と照れ笑いが零れる。

 諦めてはいけない。
 普通の生活を取り戻すためにも。
 これだけは何が何でも諦めてはいけないのだ『平凡な駄ライフを送るためにも』!

 すると獄寺がはしっと自分の両手を掴んで来た。

「流石十代目です! 心がお広い!!」
「え?」

 いきなり言われた発言に首を傾げていると、後ろから山本が肩を掴んで来た。

「ホント、何かツナって何処か凄いよな!」
「何言ってんだ、野球馬鹿! 十代目は全てが凄ぇんだよ!!」
「獄寺君! それ、凄い恥ずかしいから!!」

 顔が真っ赤になる。
獄寺は表現内容が何時もストレート過ぎて吃驚する。
 しかも心の底から堂々と言ってくるので余計に恥ずかしい。

「何言ってるんですか! 十代目は素晴らしい方です! えぇ、言葉では表現なんて出来ないぐらいに!!」

 そう言って獄寺はくるりと振り返と、身体を震わせている知識へガンを飛ばした。

「手前、土下座しやがれ」
「なっ、何で僕が…!」
「悪口言っただろーが! それぐらいしやがれ!!」
「いや、しなくて良いよ! っていうか、獄寺君もそんな事言わないで!」

 しかし! と続けようとする声が、本当に自分を想ってくれているのが伝わる。

「獄寺君も…―――」
「ふざけるなっ!!」

 びくっと身体がを震わせながら反射的に知識を見る。
こっちを憎たらしそうに睨んでいた。

「どいつもこいつも、僕を馬鹿にしやがって! 腹が立つんだよ!!」

そ れと同時に、知識の手が自分に伸びて来て―――止まった。

「もうすぐ、授業が始まります」

 そう、制止してくれたのは―――骸だった。

「工藤っ…お前もかっ!」
「貴方の『喧嘩』に興味ありませんが…―――『勝負』は面白そうです」

 そう言って、骸は荒々しく知識の腕を振り落とす。そして満面の笑みを浮かべて、両手を広げた。



「『土下座』を賭けて、勝負しませんか?」



 賭けるものが変だと思うのは自分だけだろうか。
 視界が、にっこりと何かを企んでいる骸を捉えていた。

「獄寺君は沢田君に土下座で謝ってもらいたい。優君はプライドに傷をつけられたという名目で獄寺君にして貰いましょう。勝敗は総合順位が良かった方で」
「あのさ、むく…―――工藤君? それって、勝負の報酬にはならないんじゃ…」

「乗った」

 え、と振り返れば獄寺と知識が声を揃えて答える。
 そして、獄寺は知識に指を差して睨みつける。

「ぜってぇ、十代目の前で土下座させてやる」

 僕だって、と知識が鼻で笑った。

「這い蹲らせてやるよ、獄寺」

 互いに睨みあう。
 何か、面倒くさくなりそうと頭が予感を訴える。

「それと、その勝負に僕も混ぜてください」

 更に突拍子もない骸の提案に、綱吉はと知識は呆け、山本はキョトンとし、獄寺が訝しげに睨みつける。

「もし僕が勝ったら…―――」

 と、こっちを見てくる。
 何で見てくるんだろう。
 そして、にっこりと笑う。



「僕と、友達になって下さい」



 背筋に、悪寒が走った。

 綱吉は猛烈に走る寒気に顔を蒼くする。
 こっちを向いて言ってくるという事は、間違いなく綱吉に言ってきている。
 それはつまり、と綱吉の頭の中で最悪な方程式しか出来あがらなかった。

 友達になる=契約してもらう。



 絶対そうだ。



 ヤバい! これだけは、ヤバい!!
 何が何でも、こいつだけは勝負に加えさせてはいけない!

 心音が警鐘を鳴らし続ける。
 浮かべている笑みが本当い怖い。

「く、工藤君?! あのさっ!!」

 はい? と首を傾げながら見て来た骸に、綱吉はえ〜っと、と何か良い方法は無いかと模索して、口を滑らせた。

「友達ってさ、勝負してなるもんじゃないよ!」

 しばし、沈黙が教室を包んだ。
 それから、そうだよな、と賛同してくれる山本の声。骸の肩に手を回して、にこりと笑った。

「ダチなんて、自然と出来るもんだぜ? なんなら、オレがなろっか?」



 不味い事になったぁああっ!!



 そんな事言えば山本が乗って来るに決まってるだろ?! と、さっき言った自分の台詞に泣きたくなった。
 それしか思い付かなかったのもあるが、もっと良い言葉があったはずだ、と頭の中で後悔が募る。

「そう、ですよね…」

 へ、と現実に引き戻される。
 肩を掴まれた骸が、口元を笑わせると、何故か自分の手を取って来た。



「友達に…なってくれますか?」



 笑顔を浮かべて、首を少し傾げてくる。

「あ、うん…」



 ってぇええっ! 何、正直に頷いてんだオレぇええっ!!



 激しい突っ込みを内心で入れながら顔を逸らす。
 十代目?! と驚いている獄寺も、自分と同じく『契約』の意味に取れていたのだろう。しかし、宣言してしまった以上はどうしようもない。
 山本も満面の笑みでなる気満々だ―――六道骸と理解しているかは定かではないが。
 それに、此処で下手な断り方をしてしまえば…―――周りから骸に格好良い、と呟いている女子達から向けられる視線が、一気に悪いモノに変わる。それに耐えきる自信はない。

 何もかもを清算するかのように、また授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。
 席に着く前に、獄寺と知識が互いに睨みあって顔を逸らす。
 山本は案の定まだ骸を『工藤=ロムロク』と認識して自己紹介をする。
 そして、骸がこっちを向いて、笑って来た。

 その笑顔に、口が自然と緩んだ。

 転入生として転がり込んで来た時に浮かべていた笑みとは違う。

 少し嬉しそうな笑みに。
 つられて自分も笑ってしまった。

「んじゃ! そうと決まったら、勉強会すっか!」
「オレの家でしよう?」
「お邪魔させて戴きます!」
「うん! 来て来て!」

 母さんも喜ぶし、チビ達の世話が楽になる。何よりリボーンのスパルタが無い。綱吉には良い事尽くめだ。

「工藤も来いよ? 一緒に勉強しようぜ!」

 びくーん、と身体が跳ねる。そうだ、山本は友達になると言いだしたら積極的にアタックする人間だった。
 人形探しの『夢の中』でも、山本は自己紹介から初めて仲良くなろうとしていた。
 しかし、自分の心配を余所に骸はすみません、と苦笑した。

「家に、小さい妹がいるんです…───母は働いてて、面倒見なきゃいけなくて…」
「そっか。大変なのな…」

 残念そうに眉尻を落とす山本。本当に六道骸と自覚してないようだ。
 察した所、妹がクロームで母親が千種と言った所だろう。じゃあ犬は…───ペットかな。

「じゃ、オレ達が遊びに行くか!」

 ころっと発想の転換をしてきた山本に、流石の骸もピタリと表情を固めた。
 そして綱吉は察した。山本がいれば『何とかなる』と思えるのは…───相手に『良く』も『悪く』も『最善の方法』を取ってくれるからだ。
 ちょっと、内側が震えた。

 獄寺と山本を見回して、笑みが零れる。
 友達が居て良かった、と。

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