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偽人語り
魂の形
 綱吉は雲雀に連れられるまま応接室へ招かれた。 本来なら、お客さんを座らせるソファーに、綱吉は座らされた。

「あの…始業式は…」
「出なくて良いんじゃない?」

 まだ、早いしねと呟く。
 しかし、風紀委員長がそれを言うのは問題があると思う。
 雲雀はしばらくドアの前に立ってドアノブをガタガタ弄っていたが、がっちゃん、とドアが閉まるとデスクへ向かった。

「どうやら君は強いみたいだから説明しておこうと思って。そしたら、今回みたいなことにもならないしね」

 はい? と首を傾げると、雲雀はさて、ソファーみたいな椅子に座りこむ。

「『霊力』っていうのは人間が持ってる魂の『強さ』なんだ。強ければ強いほど溢れ出て、亡霊共は寄ってくる…―――それを、『貪る為』にね」
「むさぼる…?」

 雲雀は言葉を知り過ぎている所為か、本当に怖い言い方をしてくる。

「『生気』、とか言ったら分かるかな。まぁ、霊力とはまた意味が違ってくるんだけど…それを求めるんだ―――『生きたい』と、願ってね…」
「生き、たい…―――」

 神隠しで見た、あの白い肉の塊達のように。
 病院で見た、石崎学のように。
 思い出して…―――肩が、落ちる。 

「何、思い出したの?」
「だって…!」

 声が震える。
 身体も、震えて来た。

「本当は、助けなきゃいけなかった…あのまま、置いて行っちゃ、ぁ、駄目だったのにっ…『生きてる人』……だったのに―――なのに…―――!」

 異界に姿を消す時の、嬉しそうな姿。
 その後再会した時の、楽しそうな姿。



 そんな、薫を見ていたら。



「行かせ、ちゃった…―――!」



 『あっち』に行かせた事―――本当に、良かったと思ってしまう。



 ぽん、と頭に何かが乗る。
 それが手だと分かって顔を上げた。
 其処にあったのは、何時もの無表情から憂いを纏った雲雀の顔。



「優しいね…―――」



 そんな言葉が、ぽつりと零れて出て来た。
 それが目頭に、熱を纏わせた。
 そして視界が、潤んでぼやける。



「だから、今日みたいな目に遭うんだよ…!」
「いだだだだ!」



 次の瞬間に頭に乗っていた手に力を込められて、痛みが身体を支配する。それから髪の毛を引っ張られたりして、数本髪の毛がぶちぶちと切れる音がしてから解放される。

「どうして同情しちゃ駄目なのか、根拠から説明する」

 涙目で見上げ様とした所を蹴り飛ばされ床に転がった。更に、踏みつけられる。

「さっきの言った『霊力』の話があるでしょ?『魂の強さ』も示すって。それって詰めて話してしまうと、その人間が『どんな人間』なのかも分かるんだ…―――『優しい』とかね…」

 両足で一回踏みつけてからソファーに座りこむ。
 雲雀から足は降ろしてもらえた。

「前にも言ったでしょ。同情しちゃ駄目だって。そいつらに『憑け』入る機会を与えてしまうからって。特に、綱吉みたいな『優しい子』は『憑かれ易い』んだ。何でも『受け止めて』しまえるから…―――」

 一間置いて、こっちを見下ろしてくる。



「『本気』でそいつの為を『考えてくれる』でしょ…?」



 それが根拠、と吐き捨てる。

「でも! 石崎さんはっ!! 『生きてる人』だったんですよ?!」

 起き上がってどすん、とその横に座りこむ。

「雲雀さんはっ! あれで本当に良かったと思ってるんですか?!」
「思ってるも何も、『僕が思っても』どうする事も出来ないね」

 雲雀は更に寄って来て、また髪の毛を引っ掴んできた。

「僕には、他人の『幸せ』なんて『理解』できないから…―――」

 そう、呟いて。
 


「理解…出来ないから…―――」



 真っ直ぐこっちを見ているのに。
 それでも、空を見つめているような雲雀の表情。
 それが、とても寂しそうに見えた。

「じゃあ、質問するけど…」

 そう呟いて、雲雀はふいっと顔を逸らした。でもそれは一瞬で、すぐにまたこっちを見て来た。



 何だか、話したくないみたいだ。



「例えば親と一緒に居たい綱吉が、他人の都合で引き離されたらどう思うだろう―――そうだね、親は殺人でもした事にしようか。それで親戚の人が引き取ろうとしてくれる」

 何でそんな黒い設定をあっさりと思いつけるのだろう。それでも雲雀の表情は一貫としていて、口調も淡々と続けてくる。

 そんな想像、正直出来ないけれど。
 親と、一緒に居たいのは…―――分かる。

「綱吉は親と一緒に居たいけど、法律的にも将来的にも、親戚の家に居た方が良いよね」

 言葉が出なくって押し黙る。
 雲雀の喋り方からは何時もの刺々しい様子は無く、心地良いアルトが耳朶を打った。

「でも綱吉は幸せだろうか。本当に、ちゃんと幸せだと、思える?」

 考えなくても、答えは決まってる。



「きっと…無理です…―――」



 ぎゅっと、ソファーの上で膝を折り曲げる。
 其処に顔を埋めて、黙り込む。

「じゃあ、発想の転換。綱吉の所に…―――」
「オレの所に『薫さん』…親の所に『学君』…法律の所に『道徳』を…―――親戚の所に『オレ』を入れるんですね…―――」
「…―――そう、正解」

 息子から離れたくない薫を、『人間ではない』学から道徳の域で連れ戻そうとする自分。

 道徳は…―――『人間』としての、基本心情。
こうであれ、と教えるモノ。

 やっている事は、『生きている人間として正しい』。
 けれど、それは薫にとっては『苦痛』以外の何物でもない。

「時間が、傷を癒してくれることもある…でも、塞がる事は無いよ…―――ふとした拍子に抉り取れるものだから…」

 それから、ぎしりと横が更に沈んで、優しく肩を引き寄せられる。

「だから、今は割り切りなよ。『きっと、そっちの方が幸せだ』って。『止めなくて良かった』って…―――『幸せになってくれた』はずだからって…」

 更に頭を引き寄せて、ゴツンとぶつけあった。

「そうじゃないと…―――」



 優しく、優しく。
 暖かく、暖かく。
 包み込んでくれる。

 情けない事に、また目頭が熱くなってきた。
 涙腺が緩みに緩んで、暖かいモノが溢れてくる。



「次の怪異に対抗できないよ」



 はい? と顔をそちらに向ける。
 当然、泣きっ面が思いっきり歪んで嫌そうな顔をしているはずである。
 しかし、肩から頭にぽん、と手を乗せて来た雲雀は薄く笑った。

「また、怪異が起きるだろうからね。それに何時でも対応できるように精神は安定させておかなきゃ」
「ちょっと待って下さい! 怪異をオレに対処させるんですか?!」

 雲雀は当然のようにこっちを見て来た。寧ろ、今、綱吉にそう返された事が驚きのようにじっとこっちを見ている。

「え。しないの?」
「したくないですよっ! っていうか! 関わり合いになんかなりたくないですって!! あんな怖いの!!」

 怖いのって、と雲雀が呆れたように見下ろしてくる。

「君、ガンガン関わって来たじゃない」
「それは!骸とか、お兄さんが巻き込まれたからで…―――」
「あー。君って結構薄情なんだね。自分の知り合い以外ならどうなっても良いんだ」
「そ! そう言うわけじゃっ…!! ―――っていうか! 雲雀さんの言い方が人聞き悪いですよ!」
「僕にはそう聞こえたよ」

 つーんと外方を向く。
 でも、と膝の上に乗せた腕を組んで顎を置く。

「少し、怪しい『噂』がたってるんだ。気を付けて…―――って、何処行くつもり?」
「始業式に…」
「今更?」

 ドアノブを握った所、残念ながら気付かれてしまった。が、ドアの前だ逃げれる。

 がちゃ、とドアをノブを捻る。



 がきっ。



 ドアノブ『ごと』、外れてドア板から離れた。

「逃がさないよ」

 振り返れば、雲雀がソファーの背もたれに腕を乗っけてにたりと笑っていた。

「調子が悪かったけど、まさか壊しちゃうとはね…覚悟は出来てるかい?」

 キラーン、と言いた気に、トンファーが煌めいた。
 かたかたかた、と身体が震える事しかできない。
 雲雀の嬉々として喜々とした戦闘欲剥き出しの表情が、自分へ危機を告げる。

 さぁ、と。

 綱吉の顔が青くなる。
 雲雀が呟いて嗤う。



「咬み殺す」



 悲鳴を上げる間もなく、銀が突っ込んで来た。

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あきゅろす。
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