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偽人語り
校門
綱吉が逃げるに逃げて学校の近くに来る頃には、奴が本性を現してきていた。

≪寄越せぇええっ!!≫
「ひぃいい〜っ!持ってないってばぁああっ!」

既に女の子の原形は無かった。寧ろゾンビの領域まで身体を溶かしたソレは、そのモンスターとは全く似て非なるスピードで綱吉を追いかけてくるのだ。





《お菓子ぃいいい!!》





子供っぽい、発言をして。

「持ってないってぇええ!!」

こっちは悲鳴で対抗するが、全く持って効果は無い。聞く耳さえ持ってくれないのだ。
漸く並盛中学校の校門が見え始めた。夏休み明け初日の為か、黒いフランスパン集団…―――風紀委員がずらっと整列しているのが見える。
遅刻している生徒が居ないか、学年名簿と照合して確認しているのだ。

更に目を凝らして探す。

一番の、頼みの綱を。



居たぁああ!



夏服の為、学ランではなく半袖のワイシャツに赤いネクタイを締めている。風紀委員長の、学校の、寧ろ並盛町の頂点に立っている人物…―――雲雀恭弥が居た。

「雲雀さ…―――」

叫ぼうとして、はっと閃く。



こんなの校内に連れ込んだら、寧ろこっちが殺られるのでは。



顔を蒼くして苦笑いだけを浮かべて想像した。
暴君が愛用のトンファーを握って、キラーンと目を光らせる。
よくもこんなの連れて来たね、と低い声で言ってくる。

そして、名言。



『咬み殺す!』



脳内で自分がボコボコにやられるシーンが思いつく。

綱吉は、近づいてきた校門の前を―――。

「2−A沢田…―――」



無言で走り去った。



「登こ…―――」

逞しいリーゼントが揺れるのを、綱吉は確認した。
それでもたった一つだけ、背後にして確認出来なかった事があった。

「後任せるよ」

雲雀が急いだ様子で、校内に消えて行く姿である。



∞∞∞



下手に遠くへ行って遅刻しては、結果的に雲雀のお仕置きが待っているのは重々分かっている。その為、一応学校の周りを走り続ける事にした。
しかし、これを連れ込まずにチャイムが鳴る前に入るのは至難の業だ。本気で走っても未だ振り切れていないし、此方のペースが落ちて来ている。

「どうすれば良いんだよぉっ!もうっ!!」

ぼやくが解決策を助言してくれる人間が居るはずもなく、角を曲がった。その先に職員の入り口である裏門が見えて来た。

「塩とか置いてないかなぁあ!もしくは聖水とかっ!」

日本様式で葬儀の後の盛り塩が置いて有るはずでもなく、ホラーゲームの世界で幽霊払いの液体がそこら辺に転がっているわけでもない。
自分の知識で、片っ端からどうやったら良いのか掘り下げる。

「あぁそう言えば、忘れてたっ!!」

死ぬ気の炎で応戦で来たという事実。
神隠しでも大活躍し、人形探しで閉じ込められた時も大いに力を発揮してくれたのを思い出し、裏門手前で振り返る。リボーンに言われて何時も鞄の中に入れているのだ。
肩に掛けているバックの紐を―――掴もうとして空気を掴んだ。

「あれ?そう言えば、さっきから肩が軽い様…―――」

視線を、何時も鞄を掛けている肩へと送る。



無。




「あれぇええ?!骸から逃げる時も抱きかかえたから持って来たはず…―――」

あの子供が笑った時、ショックで鞄を落とした事を思い出す。



「しまったぁあああっ!!」
         ―――かし。

ぞわりと、背筋が凍った。
聞こえた足元。
視界の端、捉えて―――居た。



 ガ
  
      ど
      
          ニ

         
         ケ
        タ
         
          カ
            。



「ぁ…―――!」



声ガ、出ナイ。
       誰
 来タ。 首 カ
 テ   ヲ ガ、
 ビ   締 呼
 伸   メ ン
 ガ   ラ デ
 手 。タレ ル。
 タ
 ケ融ニろどろど



「がっ…!!」





視界ガ、黒イ。





――――ナヨシ!



ア、れ…?



聞き覚えの、ある声に。
視界が、綺麗に晴れる。

否、自分はいつの間にか目を閉じてしまっていたらしい。

視界いっぱいに…―――。



「雲雀、さん…―――」



そう、呟くと。
雲雀は安堵したような表情を浮かべた。
どうやら雲雀に職員玄関から引っ張り込まれたらしい。

つまりは、助けてくれた、と言う事になる。

「綱吉…―――」

もう一度、名前を呼ばれると…―――綺麗な頬に青筋を浮かんだ。

「へ?」
「何で逃げてるの」

低く放たれると同時に、両頬を容赦なく引っ張り始めて来た。

「いひゃい、いひゃい!いひゃいれす、ひわりさんっ!!」
「何言ってるかさっぱりだよ…」

それは引っ張ている所為だ、とは当然頬を引っ張られている所為で言える事もなく、はたまた暴君の前で言えるはずもない。
綱吉は抵抗する事も出来ずに引っ張られ続けた。

≪―――消えた…≫

びくり、と身体が震えた。
頬の痛みも忘れて、綱吉は雲雀にしがみ付く。

≪居ない…何処だ…───≫

どうやら本当に見えていないらしく、辺りをキョロキョロと見回して居た。

「み、見えてない…?」
「当たり前だよ。結界の中だからね」

え、と顔を上げる。すぐ近くの雲雀が、真っ直ぐ女の子モドキを睨んでいた。

「そんなに強力ではないけれど、僕の手配で学校全体に結界が張ってあるの。中に入れば霊は気付かない」
「べ…便利なんですねぇ……」
「必要なんだ…───『此処』にね」
「え?」

首を傾げれば雲雀が見下ろしてくる。そして、まぁ、と小さく笑った。

「あの黒集団に校内が破壊された時は驚いたけどね…───もう、ほぼ完膚なきまでに」
「本当にすいませんでした!」


笑った後にその怖い顔は反則だと思う。本当に肝が冷えた。

《…居ない……匂いは…するのに…───》
「に、匂い…?!」

慌てて自分の服を引っ張って匂いを嗅いでみる。
しかし特に汗臭いというような事は無く、母親である奈々が愛用している柔軟剤の香りがした。

「あいつの言ってる匂いって言うのは、体臭の事じゃないよ」
「え…―――のわっ!」

いつの間にか頬を放してもらっていた事に気づかず、綱吉は雲雀に突き飛ばされて地面に突っ伏した。

「何時まで乗ってるの」
「す、すいません…重いですよね…」
「別に、君は軽いけど」

雲雀は服に付いた汚れを叩き落として答える。

「何時までも乗ってたら邪魔だ」
「そう言う意味ですか…」

膝に手を着いて、凹む。
どっちかっていうと、重いと言われた方がショックじゃなった気がする、と思ったのは黙っておこう。思っても黙っておくスキルは人形探しの時で手に入れた。

「亡霊は嗅覚的な匂いを追ってるわけじゃないんだよ。綱吉が持っている『霊力』をそう表現するの」
「霊力…―――?」
「視覚も嗅覚も、肉体に装備されている器官を使って感じるものだからね。見るには目がいるし、匂いを感じるのも鼻が必要でしょ?でも、死んだ奴には『肉体なんてない』」
「あ…だから…────その霊力で……あ!」

聞いたことのあった単語だと気付き、目が輝く。
漫画でも、ゲームでも見た事がある。

「必殺技を出すための、メーターの事ですね!!」
「自信満々で答えてるけど、何言ってるの」

呆れたように言われると、腕を引っ張られて立ち上がるのを手伝って貰った。

「まぁ…簡単に言えば『魂の強さ』なんだけど…」
「ソレによって大技が出せたり必殺コマンドが増えるんですよね」
「ねぇ、さっきから何が言いたいの」

再び突っ込まれて、あれ?と首を傾げる。

「ゲームとか漫画の話じゃないんですか?」
「じゃあ、またアレに襲われに行く?その必殺技で倒してみせなよ」

外で未だうろつき回っているそれに指を差され、泣きながらごめんなさい、と謝るしかなかった。

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