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偽人語り
いつもの朝
今朝も、いつものように学校に来た。
いつもと変わらない、朝の筈だった。
教室で会ったラグビー部の主将、望月大和(もちづきやまと)の、『顔』を見るまでは。



∞∞∞



いつものように、了平は登校し、教室へやってきていた。京子と別れてから、昨日の朝の事を考えていた。
綱吉の足元に居たゾンビはよく出来ていた。気配まで嫌な感じの所も…病院で会った『男の子』のような感じがした。

しかし、それよりも。

握手した時に感じた綱吉の『腕』の方が、異様な肌寒さを感じ取った。
そう、まるで…───病室内でがらりと変わった『世界』を、細い腕の中に閉じ込めたような。そんな、感覚を覚えた。
教室のドアを開ければ、少しだけ賑わっていた。
了平の席は中央の真ん中で、右隣に望月は座っている。
体つきは良く、性格は真面目でラグビー好きの学生だ。了平が登校する頃には、いつも自分の席に着いていて、部の主将同士馬鹿な話で時間はあっという間に過ぎていた。

「おはよう、望月!」
「あぁ。おはよう、了平」

互いに挨拶を交わし合い、望月がこちらを向いた。



そして、ぴたりと自分の体が固まった。



真夏を過ぎた朝はそこそこ涼しいが、それを通り越して悪寒を感じ取る。
肌が泡立って、一瞬で汗が噴き出した。
自分の目を疑った。その言葉の通りに疑った。

「どうかしたか?了平?」

問いかけてくる望月…―――否、望月の『口』は、顔の輪郭中で『ぐるりと一周した』。
両目も鼻も、眉毛も、額を占領して『出鱈目』な所で蠢いていた。
這って本来あるべき場所を探すように、顔の表面をすいーっと移動していたのだ。
それに似たものを、『以前』見ていた。骨折して、療養した―――『病院』で。
声にならず、今ある脚力で少しだけ後退した。

「オレの顔に、何か付いてるのか?」

ペたぺたと、目が瞬きする頬を擦る。まるで痒い目を擦っているようだった。

『不味い』。

そう頭と身体が判断した。しかし、それからどうやって逃げれば良いか、恐怖で漂白されていく頭には答えを導くことは出来ずに、ただ声にもならない悲鳴を上げ続けているだけだった。
荒く繰り返す呼吸が喉を乾かしていく。
火照り熱くなっているのに、背中だけは何時までも冷たい。
逃げろという命令は掻き消え、体が震えて動かない。

「なぁ…了平…?」

もう一度、問いかけられて。



    
   れ   、
       
      処

      ニ
     
     イ
     テ
     

     





おはよー。望月君、了平君。





聞こえた声に、体の硬直が弾けるように消え去った。
鞄を机に放り投げて、机を蹴り飛ばして走り出す。
この時、どういう訳かたった一人の男が、瞼の裏に写っていた。

「沢田の所に行って来る!!」

まるで自分が行くべき目的地を確認させるかのように声を張り上げた。
それからは、無我夢中で走っていた。どうやって二階に来たのか覚えていない。
でもたった一つの拠り所を求めて、自分は走っていた。
昨日の朝に『感じた』、綱吉の腕の気配を『辿って』―――。



∞∞∞



了平は今朝の出来事を吐き捨てると座っているソファーに全体重を預けて寄りかかる。背もたれに頭を預け、目を覆うように腕を置く。そして大きく深呼吸して、吐き出した。
そんな了平の横へと、静かに歩み寄る。
頭の悪い自分でさえ、『知らぬが仏』という言葉が骨身に沁みた。

「お兄さん…大丈夫ですか…?」
「すまん…―――」
「お兄さん…?」
「すまん…―――」

呟いて、呟いて。呟くだけ。



「すまん…―――」



そう言って、また深く息を大きく吐き出した。
まるで落ち付けと言い聞かせるように、了平は弱々しい声で謝っていた。
こんな了平は、病院で見た時以来だ。綱吉はその隣に座り込む。雲雀は何も言わずに承諾してくれたようだった。

「沢田…」
「何ですか?」
「オレの目は、『おかしくなった』のだろうか…?」
「そうですね。きっと神様の要らないご褒美の所為です」
「ボクシングは…出来るだろうか…―――」
「出来ますよ?大丈夫です」
「オレは…―――」
「勿論。ちゃんと京子ちゃんを護ってあげられますよ」

しばしの沈黙。
それから、了平はそうか、と呟く。
また、大きく息を吐き出す。



「そうか…―――」



張り詰めていた声が、少しだけ高くなった。
安堵したようなその声音に綱吉も少しだけ息を吐く。
そして、見えてしまった『現実』。

「雲雀さん…これって…―――」
「笹川。君、自分の家では何もなかった?」
「何もなかったとは?」

体を起こして了平は雲雀を見やった。その気持ちの切り替わりは、強さの証故だろう。自分は…―――幽霊を見た途端に悲鳴を上げて逃げ出した。腕の『穴』に怯えて、五日も布団の中で震えあがっていた。

「家の中で、今までは『見なかったモノ』を見たりとかしなかった?」
「…無いな…極限無かったぞ」
「退院してからのトレーニングは何処で?」
「あんまり動くなと言われていたから…殆ど家の中でしていた」
「動くなって言われたのにしてたんだね。まぁ良いや」

雲雀はそれだけ言うと、携帯を取り出して操作する。そして、すぐに耳へ押しあてコンマ一秒。

「草壁。早急に日本茶用意して」
≪はい。分かりました≫

たったそれだけ言うと、雲雀はあっさりと電源を切った。
それに対応できる草壁はとても優秀な雲雀の右腕だと思う。しかし、今は授業中の筈だが、と考えて、風紀委員だからという理由で綱吉は草壁が電話で会話できたと納得する。他の生徒ではこうはいかない。没収される生徒を数人見たことがある。
今頃、草壁は凛々しい顔で教師に失礼しますと言って教室を出ている事だろう。

「さて、笹川。君には学校側から無期限の停学処分を与えるから、家で待機していて。一歩も外に出ない事」
「し、しかし…学校は…―――」
「君、『それ』と『一緒に生活』できるの?」

言いきられた了平は、顔を青くして顰めた。ぐっと唇を引き結ぶ。

「出来ないと判断したからこその配慮だ。無碍にするの?大丈夫、成績には響かないようにしてあげる」
「だが…!」
「妹が心配ならこちらで護衛しよう。それか…」

こっちを、何故かちらりと見てきた。

「沢田を配置させるよ」
「え?!えぇええ?!」
「それなら…」
「えぇえええぇえぇえ?!」

綱吉の許可なしで無理矢理の出された案に、了平はあっさりと承諾して頷いた。勝手に決められた事よりも京子の兄である了平から直々に承諾を下された事に驚く。

「い、良いんですか?!オレなんかで?!」
「いや。寧ろお前以外に頼れる奴はいないだろう」

あっさりと言放たれた言葉が胸にクリーンヒットして頭が真っ白になっていく。
しかもすぐ隣からぽん、と肩を掴まれた。



「すまんが…京子を頼む…―――」



真摯な瞳で見てきた了平に、綱吉はびしりと敬礼した。

「任せて下さい」

これまでに無いほどのビッグチャンス。何も出来るわけでもないのに、しっかりがっしりと掴み取ってしまった。

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