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偽人語り
何でもない
何だか。
本当に一日が終わったような気分だ。
時間帯は未だ二時間目が始まりを告げたばかりだというのに綱吉は溜め息を吐きながら眼前に広がる光景を、雲雀がいつも座る椅子の前で見つめていた。
あの後、何故か自分の横は僕が座る等とどうでも良いバトルに発展し始めた。
確実に被害に合わないであろう雲雀の席に避難すると、目の前の大バトルが始まった。

しかも、『ジャンケン』。

武器を振り回されるよりは幾分も良いが、これがまた凄いのだ。

「ねぇ何時まで僕の邪魔するつもり?!」
「それはこっちの台詞です。何でこうも『あいこ』ばかり続くんですか?!」
「オレ、こんなにジャンケンを続いた事がないのな…」

あれから、約数十分。
一緒限目が終わって二限目の予鈴が鳴ってもまだ続いていた。

何時まで経っても勝負が着かないことに奇跡を感じる。
この息ピッタリ加減なら、トリオを組ませれば凄いことが起きるに違いないと関心してしまった。

すると、応接室のドアがノック無しで開かれる。
荒々しく開く辺り、確実に雲雀の関係者ではない事が証明される。
其処から現れた獄寺と目が合う。

どうしようもない不安が蘇る。
今の喧嘩を見ながら誤魔化していた感情が、一気に溢れ出る。

「獄寺君!お兄さんは───」
「十代目!」

綱吉と目が合うなり、獄寺は瞳を煌めかせて駆け寄ってきた。しかも手を取って、握ってくる。

「ご、獄寺君…?」
「十代目!とうとう雲雀の野郎を引き摺り落としたんですね!!」
「はいぃ?!」

突拍子も無い発言に綱吉は声を裏返す。
しかし、獄寺は本気のようで更に続けて来る。

「やはり十代目がその椅子に座られている方が様になっています!これを機に、此処を拠点としましょう!」
「待って獄寺君!話が完全にズレてるから!」
「ちょっと、其処!勝手に盛り上がらないで!!」

ぎん、と雲雀に睨み付けられ、腹の底から身体が冷え込んだ。少し浮いていた身体が椅子に沈む。
一方、横に居た獄寺は雲雀を睨み返した。

「テメェ、出しゃばってくんじゃねぇよ、鳥野郎!」
「よく吠える奴程強がってるって言うしね、駄犬」
「んだと、こらぁあ!」
「何やるの?」
「勝負ならオレも混ぜろーっ!」

的外れな事を言う大声が、嫌でも耳が捉えた。

たったそれだけなのに。
空気を悪化させる発言なのに。



それが、とても嬉しかった。



「お兄さんっ!」

立ち上がると、椅子はローラーの助けにより豪快な音を立てて壁に激突した。
顔を向ければ、其処に顕在した。
ドアの前に立っている了平。
楽しそうに笑っている。
誰よりも先に了平の元へ駈けていく。あの元気そうな声だけで、嬉しさが込み上げてきて泣きそうになる。

「お兄さんっ!大丈夫ですか?!」
「おぉ、沢田!心配かけたみたいで、すまんかったな!」

にかっと笑って、目の前で握り拳を作ってくれる。何時もの了平に戻ったみたいだ。

「気持ち悪いとかは?!」
「極限、大丈夫だ!この部屋に居た『変なの』も見えんし、沢田の腕の『歪み』も見えんからな」

立て続けに言い放たれた怖い発言に血の気が引いていく。やっぱり、了平にも自分の腕がおかしいと分かるようだ。

「で!何の勝負しておるのだ!」
「どうでも良い事なので、本題に入りたいと思います」

了平を引っ張り込み、ソファーへと座らせる。
それでもやっぱり、中が気になるのか了平は辺りをキョロキョロと見回していた。

「それじゃあ…」

後からやって来たらしい神谷も、入って来ようとして───何故か壁に激突した。

「いたっ!」

半分だけドアから身体がはみ出たように見える。
つい、苦笑いが浮かぶ。
山本も同じで頬をぽりぽりと掻いた。獄寺は呆れ、了平は大丈夫かと心配していた。

その中で唯一、骸だけがじっと神谷を違う目で見ていた。

神谷はよろめきながら数歩後退すると、額を撫でて笑う。

「あぁ、ごめん…前をちゃんと見てなかった───」
「入ってこないで」

遮るように、雲雀が言い放つ。かつかつと、自ら応接室のドアを握り込んだ。

「でも雲雀さん。今回の話は並盛神社で───」
「黙ってて」

ぴしゃりと再び遮られ、鋭く睨まれる。怖くなって身が竦み、了平の横にすとんと落ちた。

「恭弥君…───」
「黙って。馴れ馴れしく名前で呼ばないで」

入ってくるなと言わんばかりに、この部屋唯一の出入口に仁王立つ。神谷を睨み付けて、口を開く。

「もう用は無いから、さっさと帰って。『鬼眼』対策には感謝するけれど、深入りを許可するつもりはないよ」
「しかし…───」
「もう一度言う。『帰れ』」

また、ぴしゃり。
神谷の表情が、小さく歪んだ。

「協力して欲しい事があったら、ちゃんと頼む。それ以外は関わってくるな。これは命令だ。『従え』」

強い口調で其処まで言い切ると、表情は荒々しくドアを閉めた。
更には鍵まで掛け、一切の侵入を拒否する。



口だけで此処まで咎める雲雀を。

初めて、見た。



「雲雀…さん…────?」
「沢田以外は窓から出て行って」
「はぁ?!んだと、こら!」
「僕がこんなに群れているのを許可すると思ってるの?僕の自室だよ、出て行って」
「雲雀さん…」

雲雀は腕を組みながらドアに寄り掛かっている。本当に、ドアから出す気は無いようだ。

「では、失礼する前に呟いて行きます」

そう、言葉を発したのは。



「骸…?」



既に出る準備は万端らしく、窓は開かれ、其処に腰を卸していた。
小さくにやりと笑っている姿は確実に何かを企んでいる顔だ。
そんな顔で雲雀を真正面から見やる。



「神谷とか言う君の知人…───『片目が見えない』のでは?」



   え…?



どくん、と胸が跳ねた。



「ドアのぶつかり方。遠近感が掴めていないようですね。片目が機能していない証です」

そう言って、骸が嗤う。





「それって、君が他人に怪異と関わらせたくない理由の『根源』なのではないのですか?」





また、嘲笑。
確かに、沈黙が漂う。
重苦しい空気が支配する。

覚えが、以前にも有る。
雲雀と一緒に神社の裏に行った。神谷を紹介してもらって水を持って来てくれると言った時だ。



足を踏み外して、池に落ちていたではないか。



顔だけが、雲雀の方を向く。

一方、雲雀は。
平然として。
骸を見据えていた。





「だったら、『何』?」





何でも無いように吐き捨てて。

更に紡ぐ。





「彼は右目が『無い』。今は義眼を入れている。それは紛れもなく『僕の所為』だ」





何でも無いように。





「『僕が』『潰した』からね」




否定するでもなく。
嘲笑するでもなく。
悲観するでもなく。

雲雀は『何でもないように』言い放った。

無感情に、無表情な顔で。
無関心に、無関係の如く。



あっさりと何でも無いように言い放った。



頭が、白くなる。

視界に収まっている雲雀が。
簡単に言えてしまう雲雀が。
表情も全く動かない雲雀が。





今にも、儚く壊れてしまいそうに見えた…───。





ソファーを飛び越えて詰め寄る。
雲雀は綱吉を気にせず、骸へと言い放つ。

「必要だから僕が潰したの」
「雲雀さん!」
「僕は僕を守る為にやったけど」
「雲雀さんっ!」
「一々気にすることじゃない」
「分かりましたからっ!もう良いですっ…!」
「例え『全てが僕の所為だとしてもね』」
「雲雀さんっ!」



漸く、雲雀が口を閉じる。
胸に渦巻いた感情がぐるぐると涙腺を刺激する。すぐに目頭が熱くなって零れ落ちる。

「何で泣いてるの」



また、何でも無いように。



「何で、泣くの…───?」

分からない。

そう言っているように聞こえてきた。

崩れ落ちる。
辛くなって、張り裂けそうだ。

「ちょっと。コレどうしたら泣き止むの。以前に何で泣いてるの」

パタパタと、足音が駆け寄ってくる。自分を呼ぶ声が、色々かかってくる。

「雲雀…テメェ!」
「改善する気はないけれど、改善しようがないよ。君達は『当然の反応』をしたのに、彼だけ泣きだすんだもの」

声だけが聞こえて。
身体が動かない。
ただ涙が溢れて零れ落ちる。



「どうすれば良いんだろうね、コレ」



頭を、優しく撫でられる。
それの所為で、更に止めどなく溢れてくる。

本当に、どうしたら良いんだろうと。
何をすれば良いんだろうと。
分からなくて、反応にも困って。

「殴って気絶させれば良いかな」

最終的には、根本の感情と行動を強制的にシャットアウトする手段を選ぶ。



「それをやったら、流石にこのオレがお前に鉄拳を食らわすぞ、雲雀」



ばちりと、了平と雲雀の視線がぶつかり合った。しかし、すぐに雲雀はふいっと顔を反らした。その場を離れて壁に寄り掛かる。
どれ、と今度は了平の掌が頭を撫でて来て、小さく笑う。

「先ずは泣き止むのが先だ。理由はちゃんと聞かせろ。あの馬鹿者はが馬鹿者なりに困っておるからな」

うん、と小さく頷くと、了平は優しく、よし、と答えてくれた。
大きな掌が、また優しく数回撫でてくれた。

「君に言われたくないんだけど」
「黙っておれ!」

了平の一喝に、雲雀は小さく溜め息を吐いて外方を向く。
獄寺と山本は沈黙して、骸は呆れたように其処に居続けた。



もう少しだけ。
もう少しだけ。

泣かせて下さい。



必ず、泣き止みますから。



目蓋の裏に写る雲雀。

強いが故にか、強さ故にか。
一人が故にか、独り故にか。

己の保身と崩壊の前。
安定感のない細い足場に、ただ立っているようにしか見えなかった。

どちらに傾く事も許されない状況でただ独り。



ずっと、孤高に。

       ずっと、孤独に。

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あきゅろす。
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