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偽人語り
口紅
骸がネクタイから手を離し、互いに離れる。



「ぅ、ぁ…───」



雲雀の口から、流れ出る紅。
それに、染まったのであろう骸の唇も紅い。

それを腕で乱雑に拭えば、紅が口から頬に擦ったような跡を残す。

「少しは面白い反応が見れると期待したのですがねぇ」
「何。僕がそんな事で動揺すると思ったの」

残念そうに聞こえない骸に対し、歯牙にも掛けない様子で返す雲雀。
綱吉は目の前で行われてしまった出来事に取り乱したと言うのに、当事者達は平然としていた。

「まぁ、イタリアの挨拶ですから妄想展開はしていないでしょう?」
「へぇ、挨拶のつもりだったの。誰に手を出しても構わないぐらい欲求不満だと思ったよ」

普通は取らない行動を取る骸。
それに対し普通の反応で返さない雲雀。

「キスは苺味なんて言いますが選択する相手でこんなに違うとはお笑い話ですね。血の味など、誰が経験するのでしょうね?」
「恋に餓えてるのかい。それならそのまま飢え死にしてしなよ」
「雲雀さん!口!」

ポケットから取り出したティッシュペーパーを雲雀の口に当てる。しかし、みるみる内にそれは紅を吸い込んで染まる。

「雲雀さん!何でこんな事するんですか!」
「動揺するなんて癪だっただけ」

ティッシュを取り外されると雲雀はデスクから降りる。それでもまだ流れ出る紅に、綱吉は再びティッシュで押さえ付けた。

「動かないで下さい!まだ血が!」
「雲雀!お前、大丈夫か?!」

ぎょっとした山本が慌て駆け寄ってきた。流石に二人の口元が血に染まっていれば何があったのかとズレた感覚を持ってる山本でも驚くに決まっている。

「オレ、保険医のオッサンから救急箱貰ってくる!」
「お願い!あと、口を噛み切ったみたいだから、どうやって手当てしたら良いかも聞いてきて!」
「え?───あぁ、分かった!」

山本は頷いてから、応接室のドアを開けっ放しにして出ていった。その間、綱吉は新しいモノに取り替えて押さえる。
ティッシュから染み出た紅が、少し張りつく。

「何してるの…もう良い…」
「駄目です!ちゃんと血が止まるまで押さえないと…」
「じゃあ、自分で出来るから、良い」

手の形を真似ねるように重ねてきた。綱吉はそこからゆっくりと手を放す。

「骸…」
「何です」

頬に紅を残したまま、骸は綱吉を見下すように呟いた。

「ドア閉めて応接室の外に───オレが良いっていうまで入らないで」

じっと睨み付ければ、平然とした骸と目があった。
しばしの見つめあいの後、ふぅ、と溜め息を吐いて立ち上がった。

「わかりました」

山本が開けっ放しにしていったドアから出て行く前に、もう一度、骸を呼び止める。

「すぐに呼ぶから…大丈夫だよ」
「勝手にして下さい」

骸はそれだけ言うと、静かにドアを閉めた。
あんな事するぐらいなのだから、もう少し素直になればいいのに。

「綱吉…―――」
「はい?何ですか?」

先にソファーに座らせ、その横へ行く。
すぐに染まるティッシュペーパーをちょっと遠い所にあるゴミ箱へ向かって投げてみた。適当に投げたつもりだったが、運良く中に入ってくれた。

「君、勝手に心配しすぎ」
「心配なものは心配なんです。仕方ないじゃないですか。寧ろ、雲雀さんが気にしなさ過ぎなんですよ」

こっちを見ることなく放たれた言葉に、唇を尖らせる。

「怪我も何もかも自分の責任でしょ…勝手に人の事気にするなんて、馬鹿馬鹿しい」
「雲雀さんがそう思うならそうして下さい」

それだけ答えると雲雀はまた外方を向いてしまった。

「でも、大丈夫ですよ」
「何が」

たった今外方を向けた顔をこっちを向いてきた。
そんな彼に、にっこりと笑ってやる。



「雲雀さん、優しい人だから」



何言ってるの。
そんな声が聞こえてきそうな表情になる。

「僕は優しくないよ」
「雲雀さんの優しさは、暴力に隠れて見えないだけです。何だかんだ言って、雲雀さんは優しいです―――それに気づいている人が雲雀さんに付いてきてくれるんですよ」
「君の勝手な思い込みだ」
「少なくとも、オレと草壁さんと骸はそう思ってますよ」
「何で草壁と六道骸が出て―――」
「だから、『安心』して下さい」

もう一度言い放つ。
それに雲雀も黙り込んだ。

「癪に障った『何』があったかは聞かないです」
「…?―――――っ」

思い出したように睨み付けてきた。それでも今回はそれだけだった。
普段なら、この後胸倉掴んで脅すかトンファーを喉に押し当ててくるはずだ。
そう、『普段なら』。

「考え過ぎだよ…」
「雲雀さんって、『怪我するのは平気』でも自ら進んで怪我しようとはしないですよね」
「…───欺く為ならやる」
「でも、動揺しない為なら『いつもの様に』叩き伏せませんか?」

再びじとりと睨まれる。
頬に、少し青筋が浮かんできた。

「いつも殴らないで穏便に済ませてるつもりだけど」

激しく嘘吐いてきた。
いっつも殴って一発解決している人間の台詞じゃない。

「それなら、それで良いです」

その解答が気に食わないのか、じっと睨まれた。

覚えている。
病院で雲雀が畳み掛けるように言いくるめられそうになった。
『不要者は弾き出される』という現象に賭け、当たってみたら雲雀の方にボロが出た。
図星だとその事を尽く否定する言葉が出てくる。平静を装おうとして、じっとこっちを凝視するのだ。

「無理矢理納得したみたいな言い方だね」
「だって、誰にでも話したくない事は有りますから」

しばし睨まれたが雲雀は小さく溜め息を吐く。その理由で彼も納得してくれたようだ。

「君に、話したくない事なんてあるの」
「あ、有りますよ!」

返したら返したで、頬杖を突いて向けられた表情は物凄く意外そうだった。胸の内に食らった攻撃ダメージはとても大きい。

「さすがに…怪異の話なんて家族に話せないし…」
「山本達は巻き込んでも?」

うっ、と詰まる。
絶対病院の事だ。
何時もならそんな事しないし、する気も更々無かった。
しても無意味だとは思うが、口が滑る。

「約束の件は…お兄さんを一人にしないように山本達を行かせたら、お兄さんが喋っちゃってたんです!」
「結果的には功を奏してたみたいだけどね」

そうですけど、と唇を尖らせた。
そのお陰で、二人から約束やらメリーさんやらに関する話を聞いた雲雀が打って出た。
証言者を隠すのに獄寺が大活躍してくれたし、『夢』を見たりして色々と情報を持ってきてくれた山本。

最後の最後、波釜照子を差し向けてきたが骸だってそうだ。

重要な情報伝達。
しかも、普通なら分からないような機密事項クラスの情報を。
それで、今回は病院で『何か』やらかした事を教えてくれ、更には脅していた。

「雲雀さん。そう言えば病院の件は…───」
「今は並盛町長の捜索機関に頼んで調査中」
「捜索機関…?え?そんな機関…───オンブズマン制度?」

何か、そんなものがあると公民の教科書に載っていた気がする。

「それとは違うんだけど、そんな感じ。今は報告待ちだよ」

くすり、と笑った雲雀。
その表情のまま、頭をわさりと掴まれる。

「雲雀さん…?」
「歯、食い縛って」
「はい?」

瞬間、腰と腹に力を込めると、間髪入れずに掴んでいる頭へ思いっきり力を込められた。

「ちょっと…腰の力抜きなよ…」
「待、って下さい…こんな、所で、力抜いたら…テーブルに、顔面ヒット、です、よ…」

思いっきり力を込めているらしく、腕から震えが伝わってくる。だからと言って、こちらも力を抜けばタダで済むはずがない。

「それを狙ってるんだけど」
「い、嫌です、痛い!骸ー!入って来て大丈夫ーっ!」

しかし込められた力は緩むことなく押され続ける。寧ろ先程より強くなった。
声を聞いてくれたのか、骸はドアを開いて中に入って来てくる。

「…何してるんですか?」
「骸助けて!雲雀さん止めて!」
「何で僕に助けを求めてくるんです」

腕を組んで首を傾げる骸。

「雲雀さん止められるの骸だけでしょ?!」
「僕でもこんな化け物止められませんよ」
「えぇえぇええ?!うごぅっ!」

驚いた拍子に身体が前につんのめった。ギリギリで踏張った所為か視界いっぱいにテーブルが広がる。

「ちっ」
「舌打ちするな、二人で!」

骸が顔を反らし、雲雀は腹立たしそうに歪めた。しかし、いい加減諦めたのか手を放してくれた。
それから、ばたばた音がすると、応接室のドアが開かれる。

「山本!」
「ごめん!遅れた!」

駆け寄ってきた山本はしっかり救急箱を持って雲雀の横にどすんと座り込んだ。

「口の中専用液じゃない市販の消毒液は入れない方が良いんだってさ。取り敢えず、血が止まるまで押さえ付けとけだって」

ほい、と言いながらガーゼを一枚渡す山本。それを雲雀は丁寧に折り畳んで口の中に詰めた。
不機嫌そうな表情を隠そうともせず、山本を睨む。

「あれ?何か機嫌悪い?」
「……群れてるからね」
「あ、そっか。悪ぃ悪ぃ!でも仕方無いのな、雲雀には『いつひとさん』の話をしたいからさ!」

首を傾げた雲雀に、あ、と自分も用があった内容を思い出す。

「そうだ、『いつひとさん』!すっかり忘れてた!」

朝、京子達から聞いた話。
怖い下りがあるから少し気になって話そうと思っていたのだ。
雲雀の表情から察するに、聞いたこと無いようす。

「最近、並盛で広がってる『噂』みたいなんですけど…」
「でも、先輩の妹さんは『おまじない』って言ってるぜ?」
「あ、そうだった。何か『おまじない』みたいなんですけど…」
「その話…───」

雲雀が、コチラを見てきた。にたりと笑う姿が、とても無邪気に見える。



「全部、『聞かせて』」



口から手を離し、少し血が染み付いたガーゼを握り締めた。

「そして沢田以外は出て行って」
「え?!オレだけ居残り?!」
「えー?良いじゃんか、雲雀!オレ達だって居たって!」
「沢田綱吉だけと言うとは…───随分、お気に入りなんですね」
「当たり前でしょ」


骸の発言に対し、雲雀はにたりと笑う。そして、再び頭を掴んで引き寄せられた。



「これは僕の何にも『換』えられない『所有物』だからね」



あっさりと。
はっきりと。
当然の様に。
人を、『物』として扱う発言をしてきた。

「雲雀さん!オレは物じゃないです!」
「そうですよ。これは僕のです」
「お前の言ってる意味も違う!───って、山本?」

ついさっきまで雲雀の横に座っていた山本が、今度は自分の隣に座ってきた。
何故わざわざ横に座り直してきたんだろう。

「ツナは、皆のツナだって!」

肩を掴まれて引っ張ってくれたお陰で雲雀から解放される。
本当に、持つべき友は親友だ。
最凶の二人に正面から正論を言ってくれるのは山本ぐらいだ。

「ツナの横は誰にもやらねぇけどな」
「うん!本当にありがとう!」

山本の言葉が、優しく胸を打つ。本気で泣きそうになってしまうぐらい。
救いの神にも見える山本の手を握った。
無駄に視線が向けられるが、悪いのはあくまでも自分じゃない。物扱いする雲雀と骸が悪い。

この状況で一番頼りになる山本の爽やかな笑顔に、綱吉は確かに癒しを感じていた。

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