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捜し物語り
見舞い
 神谷を訪ねてから翌日。
 綱吉は補習を終えてから了平の見舞いへ並盛中央病院に足を運んだ。
 五日間さぼった為、午前中には終わるはずだった補習が午後二時に終わった。
 基本的にプリントを片っ端から片付けていくものなので直ぐに終わった。
 先生が唖然とした様子だったが、了平の見舞いがあるので即行で出ていった。
 家に一度帰って服を着替えたかったし、見舞品も買いに行きたかったからだ。

 中央病院とは名ばかりで、実際は南西にある。
一年ぐらい前に、綱吉はそこで雲雀と一緒に寝た事もあった。

ただし、命懸けのゲームの為だ。
 
 暇な雲雀の為に、病院ぐるみで生け贄を捧げたのだ。
 案の定、ゲームには失敗してフルボッコ。以前より怪我が増量し、しまいには怪しさムード全開の研究室に放り込まれた。

 死ぬ気で治療に専念した。

 その所為か、綱吉はいつまで経っても静か過ぎて重苦しい独特の空気は馴れなかった。
 病室を確認してエレベータへ足を運び、上ボタンを押せば朱色のランプが点灯した。

 「うちの子に、何があったんですか?!」

 少し先から聞こえてきた女性の金切り声。
 悲しみにくれながら、怒りに震えている声だった。

 綱吉は遠くからその姿を見た。
 受付の前で、訴えるようにくいついている。それに 相対している受付係は落ち着くように促していた。

 何時もなら、無視するように逃げていただろう。
 でも、小春と遇った所為かそれが躊躇われる。

 どれほど悔しいか、
 どれほど悲しいか、
 どれほど苦しいか。

 分かってしまうから。



 子供を想う母の強さは、あれほど恐ろしく強く、悲しく弱かったのだから。



 ポーン、と音が鳴る。
 エレベーターが到着した。
 目の前で口をゆっくり開いたエレベーターに、綱吉は静に乗り込んだ。



∞∞∞



 了平の病室は三階の最奥。
 綱吉は病室の前で小さくノックをした。

「お兄さん?」

 問い掛けるように名前を呼ぶと、おぉ?! と元気そうな声がした。

「沢田か! 入れ入れ!」
「じゃぁ、お邪魔します」

 いつもと変わらない声。
 大会前に骨折したとなると落ち込んでいるのではないかと思ったが、思い過しのようだった。
 引き戸を静かに開けると怪我人らしくベッドに入っている了平と、知らない青年が居た。
 了平と同い年みたいで、短髪に眼鏡だった。
 綱吉は一瞬戸惑ったが、すぐに挨拶を返した。

「えっと〜…お兄さんのお知り合いですか?」
「同じクラスの西田と言う、山本と同じ野球部の男だ」

 西田と呼ばれた青年は、驚いたようにキョトンとしていた。

 そうだよな…部活にも入ってないし…あまりにも接点なんかなさすぎるよな…。

「オレは沢田綱吉って言います。京子ちゃんと同じクラスで、よくお世話になっています」

 あぁ、と納得したのか、にっこり笑うと初めまして、と続けた。

「西田直輝です。よろしくね?」

 互いにフルネームを言い切って綱吉は一礼をした。

「お兄さんと同じクラスって事は───山本の先輩ですか?」

 一瞬間が空いて、西田はあぁ、と呟いた。

「そうですよ。山本武の先輩です。山本って内の部には三人居るから、誰か分からなかったけど…───沢田君の話はよく山本武から聞いています」

 その話を聞いて、綱吉の顔が少し青くなる。
 自分の話をするなんて一体何の話をしているのだろうかと考えたからだ。
 綱吉は自分自身でも何をやらせても駄目だと自負している。
 大半は『失敗談』のはずだ。

「へ、え…っと、どんな話でしょう…?」

 嫌な予感に胸が高鳴る。
 知らず知らずのうちに冷や汗が出てきた。
 西田は再びにっこり微笑むと、口を開いた。

「う〜ん。肝試しでお化けに連れ去られたお友達を雲雀恭弥と一緒に連れて帰って来たとか…───」



山本っ! ストレートに言い過ぎだよ! 信じる訳ないだろぉっ!



 ずっしりと気分が重くなる。
 石にでもなった気分だ。
 綱吉が内に悲鳴を上げていると、でも、と言葉を詰まらせた。

「笹川君の話を聞いてみると、本当らしいね」

 首を傾げながら了平を見やると、了平は当然だ! と声を張り上げた。

「沢田はオレと共に世界を取る男だからな! それぐらい出来て当然だぁー!」



 そんな事で当然だったら、お兄さんも出来る事になりますよぉ?!───っていうか!



「西田さん、そんな話信じられるんですか?!」

 綱吉が声を荒げると西田は目をぱちくりと瞬かせた。
 しかし、次の瞬間にはケロッとした表情で爆弾を投下した。

「うん。だって、僕は『視える』しね」

 一時の沈黙の間。綱吉は口を豪快に開くことになった。

「視えるって! 幽霊がぁ?!」

 ばっくんばっくん心音を刻みながら声を張り上げると、西田は綱吉を見て面白そうに口元に手を添えた。



「『いっぱい』居るよね?此処」



 ヤバイ!『視えてる』人だ!



 綱吉はぞっと走った悪寒に半歩脚を引いた。しかし、綱吉はよくよく考える。



 あ、オレも視えるんだった。



 すると中から安堵が吹き荒れた。
 今まで重石を纏っていたように重く感じた身体が軽くなる。
 しまいにはじわりと目頭が熱を帯びた。

 意味も分からず、嬉しくなった。

「あれ?もうこんな時間だ」

 西田は時計を一瞥すると了平に笑みを向ける。

「了平君、それじゃあね。あんまり動いたらダメだよ?」
「うむ。極限に分かっている!」

 ふふっと楽しそうに笑って西田は立ち上がる。出入口前に立ったままの綱吉へ歩み寄ると、再び優しい笑みを浮かべた。

「心霊関係で何かあったら話してよ。聞いてあげるぐらいなら出来るからさ」



「は…はい…!」



 更に温かさが胸へと流れ込む。
 綱吉の顔は弛みに弛み、熱を纏っていた目頭から雫が零れ落ちた。
 また西田は笑って頭を優しく撫でた。

「大体、教室か部室だから」
「はい…!」

 綱吉の後ろにあるドアを引いて、西田はじゃあね、と二人に手を振った。
 綱吉も振り返し、了平も身体を起こして大きく振った。

「極限感謝だ! 大切にするぞ!」

 ドアが静かに閉められ、病室に静寂が訪れる。
 その所為か、綱吉の中に更なる歓喜が沸き上がった。

 今まで出会ってきた中で、数少ない普通の人だっ!

 そう思うのも仕方なく、綱吉の周りは怪我人である了平を含めて必ず何処かの螺旋(ネジ)がぶっ飛んでいる。
 お陰で一般思考回路を持ち合わせている綱吉は常軌逸した人間達に毎日のように振り回されていた。
その所為で苦労は絶えないし、怪我も絶えない。

 それに、たった『今』の悩みである幽霊の理解者でもある。

 これほど嬉しいことはなかった。

「あの!お兄さん!西田先輩とは何のお話してたんですか?!」
「西田とか?」

 キョトンとしていると、了平は腕を組んだ。

「確か、山本武の様子について聞いて来たのだ」
「山本の?」

うむ、と頷いて了平は続けた。

「最近、野球に本腰が入っていないようなので、何か悩みでもあるのかと聞いて来たのだ。本人に聞いても、はぐらかされてしまうと…」
「そうなんだ…」

 綱吉は視線を落とす。
 いつも傍に居るつもりだったが、そう言う事に気づいていなかったようだ。
 五日前の肝試しも、そんな変わった表情に気づかなかった。
 綱吉は内心で溜息を吐いた。
 そして、ピンと頭に閃く。



 もしかして、肝試しで『何か』あったのかな…。



「もうすぐ五時か…」

 了平は時計を一瞥し、窓から見える外を眺めた。
 夕焼けの朱が空を滲ませるように広がっていた。
 その色に染まった町が眼下に広がり静かに立ち並んでいた。
 それを見ていた了平は、じっと外を眺めていた。

「…流石に、無理をするのはいかんなぁ…」

 ぽつりと零れ落ちるが、次には了平はいかんいかん!と声を張り上げると自分の頬をこれでもかと引っ叩いた。

 あれ? どうしたんだろ…?

 了平はそれから深呼吸をすると、腕を組んだ。

「これから京子が来るというのに、こんな調子ではいかん」
「京子ちゃん来るんですか?!」

 綱吉は声を張り上げて了平の元へ駆け寄っていった。
 そうなのだ、と眉にシワを寄せて唸り始める。

「京子にはあまり心配を掛けたくないのだがな…流石にこんな大げさに包帯を巻かれては無理だな」

 呟いてぶら下がっている足を見やる。
 ぐるぐる巻きの包帯は了平の足に白くて太い足を作っていた。
  それをじっと睨み付けていた。

「やはり、ワックスかけたての廊下は走るものではないな」



 当然です! お兄さんっ!



 良いバランス練習になると思ったのだが、と、それはとてもとても悔しそうに呟いていた。
 綱吉が苦笑いを浮かべていると、了平は何かを思いついたように顔を明るくした。
 そして、棚の上の何かをひっ掴まえた。

「沢田ーっ! コレを見ろーっ!」

 了平が腕を伸ばしてきた。
 綱吉は目をぱちくりさせながら目の前に突き出されたそれを見た。

「これって───京子ちゃん?!」
「そうだぁーっ!」

 了平に突き出されたのはフェルトの人形だった。しかも、了平の妹である笹川京子を模したマスコット人形。
 手の平にちょこんと乗るような小ささが更に可愛さ醸し出す。

「可愛いですね! それ!」
「当然だ!何と言ったって、モデルは京子なんだからなっ!」

 誰にもやらんぞ!と了平は更に続けた。
 そうですよね、と納得しながら気落ちする。そして、なけなしの小遣いで買った見舞品を棚に置いた。

「それ、もしかして西田さんからのプレゼントですか?」
「極限に当りだ!よく分かったな!」

 お兄さんが作っている所を想像できません、と言うわけにもいかず、綱吉は苦笑いを浮かべた。

「西田の家は代々人形職人の家らしくてな!見舞品のつもりで作ってきてくれたのだ!」
「そうなんですか?───いいなぁ、オレも欲しい…」

 と言い放った次の瞬間に綱吉は口走った本音で顔を沸騰させた。

 何言ってんだよオレ!
 京子ちゃんのストーカーみたいじゃないかっ!

 どんどん沸き上がる羞恥で顔が真っ赤に染め上がる。
 綱吉は慌てて顔を隠すように逸らした。
 了平は身体を震わせながら俯き、綱吉の肩をがっしり掴んだ。

「そうだろう! 人形になっても京子は可愛いだろう! わっはっはっはっ!」

 了平は当然だー! と叫びながら満足そうに再び笑った。

 良かった! 変態には思われずに済んだ!!

 ほっと一息吐いていると、ご機嫌を良くした了平は 肩を掴んでいた手を綱吉の背中へバシバシ叩きつけてきた。
 毎日のように拳を鍛えている了平は容赦と言う意味を知るはず無い。



 内臓飛び出るぅうっ!



 そう思いながら耐える綱吉は必死に笑ってみせた。
 しばらくして了平はそうだとガッツポーズを取った。

「よし沢田!オレから西田に頼んでやろう!」
「ほ、本当ですか?!」
「勿論だ!」

 再び、わっはっはっ、と豪快に笑いだす。
 そして、綱吉は先程少しだけあった違和感の答えを導きだした。



 この笑い方をする時は、いつも『隠し事』をしている時ではなかっただろうか?



 特に、京子ちゃんに嘘を吐く時に使われていた気がする。
 綱吉は少しだけ眉をひそめて、了平を見つめた。

「本当にお兄さんって、京子ちゃんの事大事に想ってますよね」

 今度は、了平の顔がどっと赤くなる番だった。

「とととっ、当然ではないか!」

 病室に響き渡った。いつもよりでかい声が耳をつんざいてキンキンしてきた。

「京子は、たった一人の妹であるからにして…その───」



 こんこん。



 了平の声を遮るように、軽快なノック音が聞こえてきた。
 綱吉はドアを見やる。



 こんこん。



 また、聞こえてきた。

「看護師さんかな?」
「む?こんな時間にか?」

 綱吉が時計を見やる。
 病室に備えられた時計が五時をピッタリ指していた。

「もしかして、京子ちゃん?」
「なんと!京子が来たのか?!それは、いかんっ!」

 綱吉並びに了平のテンションが上がる。
 了平は俯いて自分に暗示をかけるように何かをブツブツ呟き始める。
 綱吉は慌ててドアに駆け寄った。

「ごめんね、今開けるから!」

 ひんやり冷たい取っ手に握って、開いた。

「え…? あ…?」

 ドアを開けると、小さな男の子が立っていた。
 青いパジャマに、短い髪の毛。
 目が大きくて一瞬女の子と見間違えた。

「こんにちは」

 ニッコリと綱吉に笑いかけた。

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あきゅろす。
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