捜し物語り
社の裏
雲雀が案内したのは、並盛神社だった。
長い石畳の階段を登り切り、古ぼけた朱色の鳥居を潜る。
その先に、社が堂々と居座っていた。
こうやって神社にやってくると妙な緊張感が胸に宿る。綱吉は神様が居る所だからかな、などと考えだした。
それから二人は裏へ回るべく、社の傍を通り抜ける。
やはり、変な緊張感が胸に靄を描く。
綱吉が周りに目配せしていると、雲雀は真っ直ぐ指を差した。
「綱吉、あそこ」
「へ…───」
その先に、白亜の一戸建てがあった。
屋根は藍の瓦で覆われ、縁側まである。
その奥には家主の趣味なのか庭園があった。花が咲き誇り、池まで完備してある。
インターホンは最新式のものらしく、画面とマイク付の黒いものだった。
インターホンを除けばいかにも日本建築の家だった。
雲雀はずんずんその家に近づいていく。
そして、何の躊躇い無しにドアを開け放った。
「雲雀さんっ!家宅侵入では…」
「神谷、居る?話があるんだけど出てきなよ」
いきなり用件言い出したこの人!
すると、奥から人がやってきた。
さして焦っている風でもなくひょっこりと顔が出て来た。
黒い髪を前髪から全て後ろへ束ね、さらりと揺れる。。多分腰まであるだろう。
整った顔をした中年の男性だ。
雲雀が呼んだ、『神谷』と言う人だろう。
「恭弥君!久しぶりじゃないか!」
ひょっこりでた顔に続き、身体まで姿を現した。
袴の神官服を纏っている。
そして腕を広げ、嬉しそうに笑みを浮かべて玄関にやってくる。
「その名で呼ぶな」
雲雀が不機嫌を隠そうともせずに言い放つ。
しかしその横で綱吉の顔が、『ぽけー』っとなった。
今、何ト言イマシタ?
「ヒ、ヒバリサン…今───」
「何かあった?」
見下ろすように顔を向けられる。
当然だ違和感があり過ぎる。
大体の大人は雲雀を様付けで呼ぶし、腹心の草壁は時々『恭さん』と呼ぶ。
しかし、この人は今、『恭弥君』と下の名前に『君』付けで呼んだのだ。
違和感があって当然である。
男は雲雀を迎えると『にっこり』笑った。
「恭弥君、久し振りだね?」
「だから、そう呼ばないで」
また言った!
しかも、笑って言った!!
瞬間に、緊張感が一気に襲い掛かる。
ディーノさんだと、確かそれをやっただけで咬み殺し作業に入ったはずだ。
このままだと、この人もっ!
「雲雀さっ…───!」
「五日前に『神隠し』に遇った」
直球ストレートぉおおお!!
絶叫が内心で響いた。
しかし、その台詞に神谷の表情ががっくんと崩れ落ちた。
先程の笑顔は消え失せ、代わりに目が丸くなって固まった。
「帰ってこなかった子が居るのかい?!」
次の途端、神谷の腕が雲雀の肩を掴む。
綱吉は反射的に半歩引いた。
崩れ落ちた表情のまま神谷は雲雀の肩を掴んだ手に力を込めていた。込めすぎて身体が震えているし、よく見れば爪を立てている。
雲雀は眉間に小さくシワを寄せ睨み付けた。
「それで!どうやって…───」
言い募っていく神谷。
声に滲む驚愕。
伝わってくる焦燥。
そして、綱吉は悟る。
この人も、『何か』知ってる。
そして、思い知らされる。
自分達がどれだけ『異常』なものに『遇い』、『帰って来た』のか。
それがどれだけ『重要』なのか。
それが、どれだけ『大変』なのか。
「…───その話を…これからするんだ」
肩の手をあっさり握って払うと、革靴を脱いで雲雀が綱吉の腕を引いた。
「早く。中に入るよ」
「あ、はい…」
誘われるまま、綱吉も靴を脱ぐ。
脱ぐと同時に腕を引かれて神谷のわきを擦り抜けた。
「雲雀さん…?」
返事は無い。
しかし、表情には出さないが何故か苛立っているようだった。
握られた手は痛くて暖かい。
明らかに固いな空気に包まれているはずなのに、綱吉は妙な感覚を覚えた。
どうしてだろう?
綱吉は心の中に出来た『安心感』に首を傾げた。
∞∞∞
雲雀に引きずられるまま綱吉は神谷の居間へ案内される。
畳が床を覆っている。襖が部屋を仕切るように閉じられ、台所は直接繋がっているようだった。
居間の中心には木目調の座卓が置かれていた。
昼食をとっている途中らしく、それの上に和食が並んでいる。
まだ食事中のようだ。
「今、片付けるから!」
「いえ、そんなお気遣いなく…」
「さっさとしなよ」
雲雀さん、ひでぇ!!
神谷はさして気にする風もなく、てきぱきと食器を下げていく。
台所に姿を消すと陶器のぶつかり合う音が響いたかと思うと、すぐに神谷は煎餅などの米菓子手にやってきた。
「今からお茶持ってくるから…」
「要らない。僕達は忙しいから、要件を伝えて早く帰りたいんだ」
「相変わらず君は忙しいんだね」
手に持った菓子をテーブルに置くと、少し眉を寄せた。
寂しそうな表情が浮かんだ。
ずっと手を握ったまま立っている雲雀。その所為で、綱吉は立たざる負えない状況だった。
「雲雀さん…?」
首を傾げて雲雀を見上げる。
綱吉と同じ小柄なのでそんなに身長に差は無いが、やはり高い事に変わりはない。
その様子をしばしぼーっと見ていた神谷は、少し口をぽかんと開けていた。
「何?」
「いや、そこまで身長に差が少ないと『兄弟』みたいだなって…」
「何言ってるの、殴るよ?」
神谷さん、雲雀さん怖くないの?!
綱吉が心で叫んでいると、雲雀は次の瞬間にトンファーを煌めかせる。
それをごめんごめんと笑って神谷は謝った。
「仲が良いんだなと思って」
「被害者だからね」
「それだけの理由で手を握ったままなんて、『君には』有り得ないでしょ?」
笑顔で雲雀に言い放つ神谷。
ぴくっ、と雲雀の顔に青筋が浮かんだ。
ひぃいい!怒ってる〜?!
「ほら、お友達も恐がってるじゃないか?物騒なモノはしまいなさい」
怖がるのなんて当然だ。
お隣に居るのは並盛を天下に治める雲雀様である。
それだと言うのに、神谷はどうだろう。
『普通』に『話し過ぎ』ではないだろうか?
「雲雀さん、この人って───」
「おや?言ってなかったのかい?」
殺気立てる雲雀とは対象に、にっこり笑った神谷は綱吉に言い放つ。
「彼の『育ての親』だよ」
じとっと神谷を睨む雲雀。
ステルス機能搭載の爆弾が、爆発した。
えぇ〜?!まさかの新事実ぅうう!?
「って事は!雲雀さんのお父さん…─────!」
「違うよ馬鹿だね。名字が違うでしょ」
「あ…───そうでしたね…」
「それに『育ての親』と『父親』は意味合いは似ていても全く別だよ。『血が繋がってない』からね」
「あぁ、そっか。『育ててくれた人』って事ですね?」
綱吉は理解した意を示すように答えると、雲雀は簡潔に返事をした。
ただ、その表情は少々は不機嫌そうだった。
「そうではあるのだけどね。こら恭弥、すぐに暴言を吐くのはよしなさい」
雲雀を叱咤する神谷。
その姿を見ていると本当に親子のようである。
「そんな関係は要件と関係ないでしょ。それと、名前を呼ばないで」
「そうだね。だからと言って、さっきの暴言は良くないよ。謝りなさい」
「あの!大丈夫ですから!お気になさらずに…」
綱吉があははと笑うと、雲雀は綱吉をちらりと見やる。
「僕なりの褒め言葉なの。だからこそ『帰ってきた』───」
綱吉と目があうと、たった今向けた視線を反らし、雲雀は直ぐに神谷を睨んだ。
「『アレ』も貰って」
「そうか…」
さらりと雲雀の睨みをものともせず躱し、すっと綱吉へ視線を送ってきた。
切れ長の目が合うと綱吉はつい身を萎縮させてしまった。
誰かと面と向き合うのは苦手だ。子供なら大丈夫なのに。
いや、リボーンは駄目だった。
リボーンは怖い。
「差し支えなければ、傷を───『呪い』を見せてくれないか…?」
びくっと体が震えた。
胸に何かを叩きつけられたように身体が重くなる。
それが表情にありありと出てしまったのか、神谷はすぐに微笑みんだ。
「嫌なら良いよ。無理しなくて良い───それじゃ、ちょっと待っていて」
神谷はそれだけ言い残すと、居間を出ていってしまった。
それから、引き戸の開閉音が聞こえた。
「雲雀さん…神谷さんって、一体───」
「『怪異』の理解者」
「!」
さらっと答えると、雲雀は更に言い募る。
「それの『対応者』。
僕と同じそれの『知識人』。
本職は並盛神社の管理人、そしてカウンセラー」
「カウンセラー…? カウンセラーって、話を聞いてくれる職業ですよね?」
「簡単に言うとね」
雲雀はそう言うと、目を細めた。
「ここは匿名で相談を受けてくれる場所でも有るんだ。料金もかからないから、老若男女構わない。並中生だって利用してる」
「そう…だったんですか───」
綱吉は左腕を見下ろした。
『呪い』と呼ばれる『穴』が開いた左腕。
今は特に痛みはないけれど、怖いものであることに変わりはない。
だからって、簡単に人に話せる事じゃない。
これを、母さんや京子ちゃん、獄寺君達に話そうとは思えない。
心配するだろうからとか、そんなのじゃない。
この穴は見えない人には『見えない』。
理解出来ない人、しない人には理解『出来ない』。
「だから、話を察してくれたり、無理強いはしないんですね…?」
雲雀が、こくりと頷いた。
そう思うと、心がほっとした。
だからかもしれない。
ついさっき、空気が固くて嫌な気分になるはずだったのに、妙な安心感があったのは。
自分の『超直感』が、それを感じ取ったのかも。
これからもお世話になるだろうから、後で見せておこう。
あと、名前も言ってないや。教えておかなきゃ。
頬が弛んでいると、再び開閉音が聞こえてきた。
神谷が帰ってきたようだった。
べちゃっと濡れたものを踏みつける音が鳴っている。
「べちゃ?」
綱吉は居間の入り口を見やる。
その横で、雲雀が頭を抱えて溜め息を吐いた。
「やぁ、ごめん───」
ひょこっと、神谷が顔を出した。
ずぶ濡れである。
「聖水汲み終わって急いで帰ってきたら、池に落ちちゃった」
床拭くから、と言って神谷が手を伸ばす。
その手には透明の酒瓶が握られていて、雲雀は再び溜め息を吐いてそれを受け取った。
居間を通り過ぎて消えた神谷を見て、綱吉はあははと空笑いを浮かべた。
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