捜し物語り
夕刻
部屋は床も壁も天井も、一面が白かった。清潔感を表現した色彩は病室だと言うことを語ってきた。
部屋と同化した時計は残り数分で五時を指す。
まだ夕日が沈みかけているはずなのだが、カーテンは締められて少し暗がりである。
広い室内にはベッドが置いてあった。
枕とは正反対の柵に飾られたネームプレートがそのベッドの使い主を教える。
しかし、その使い主は何故か頭から布団をすっぽり被っていた。
耳鳴りがうるさいほど聞こえてくる静寂の中で、カチ、カチ、と秒針が時を告げる。
「くる…」
カチ、カチ。
「あいつが…くる…───」
カチ、カチ、カチ。
身体が震える。
汗が吹き出る。
喉が渇く。
身体が重い。
汗が服に染み込んで冷たい。
喉が乾きすぎて痛い。
「どうしてなんだよ…何でオレなんだ…どうして…どうして…」
腹の底から冷えてくる。
風邪による悪寒じゃない。
身体の『芯から』冷えてきているのだ。
時が迫ってくる中で、『恐怖』による心が内側から重く重く身体の中を貪っているのだ。
カチ、カチ、カチ、カチ。
「どうして『オレの』なんだ、どうして『オレの』なんだ、どうして『オレの』なんだ…────」
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
「本当なんだよ…どうして信じてくれないんだ…じゃなきゃ、オレ…───」
もぞり、と布団の中で人が動く。
「身体が…───」
カチ。
「?!」
すると、唯一の音を出していた時計の針が『ピタリ』と止んだ。
その所為で一気に静寂が訪れた。
今まで気にならなかった空気が、突然濁り始めた。
きた───！
枕の傍に置いておいたナースコールのボタンを連打する。
身体が強ばる。
呼吸が苦しい。
心臓が早鐘を打つ。
心音と言う名の『警鐘』が鳴り響く。
耳元で、
耳元で、
耳元で、
耳元で、
耳元で、 きぃい。
耳元で、
耳元で、
耳元で、 ひた。
耳元で、 ひた。
耳元で、 ひた。
耳元で、 ひた。
耳元で、ひた。
裸足の足音が、ベッドに迫った。
遂に呼吸が止まる。
居る。
其処に居る。
ナースコールは何処だ。
握ってる。
押したか。
押してる。
ずっと押してる。
ならなんで来ない。
ナースセンターは、『すぐ傍』にあるじゃないか。
『精神状態が不安定だ』と『監視』の為に、『何時でも駆け付けてこれるように』してくれたじゃないか。
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない何
で来ない何で来ない何で来
ない何で来ない何で来ない
何で来ない何で来ない何で
来ない何で来ない何で来な
い何で来ない何で来ない？
「ねぇ。僕の『お人形』見付かった？」
布団の外に居る。
布団の傍に居る。
布団を見下ろして居る。
心臓が心拍数を加速させる。
歯が、指が、腕が、胴が、内蔵が、足が、ガタガタ音をたてるように震えて止まらない。
がしっ。
「ひっ！」
氷みたいに冷たい『肉』が、布団の中から伸びて腕を掴んできた。
悲鳴が喉で詰まった。
身体の震えが止まった。
変わりに汗が更に溢れてくる。
「ねぇ、僕のお人形は？」
聞こえる。
響く。
首を傾げてる。
子供。
手が離れた。
かと思うと、今度は布団の中で『這い回る』。
もぞ、
もぞ、
もぞ、
もぞ、
もぞ、
も、ぞ。
にたぁ。
見えてないのに『笑った』と肌が感じ取る。
『嬉々』とした『何か』が人形を見つけたと告げる。
「あれぇ？無いなぁ？」
『楽しそうに』、声が放つ。
「右腕も右足も、左腕も左足も、『全部』無いじゃん」
楽しそうなのに『冷たい』。
嬉しそうなのに『冷たい』。
『冷たい』のに楽しそう。
『冷たい』のに嬉しそう。
「あ…あ……」
切れた悲鳴を聞いて、『口が吊り上がった』。
「じゃ『約束通り』…───」
「う、あ…────！」
「『君』の、『貰う』よ？」
次の瞬間、右腕に、右足に、左腕に、左足に、『肉』がまとわりついた。
「いやだ！いやだ！」
冷たい『肉』が、掴んだものを『外そう』と『引っ張りだした』。
「いやだ！いやだ！いやだ！いや────」
ごきゃ。
あああああああああああああああ
バキッ、バキッ。
あああああああああああああああ
ごきっ、ぶちっ。
ああああああああああああ
ぶちぶちぶち。
ああああああああああああ
ぶちぶちぶち。
ああああああああああああ
ぶちぶちぶち。
ああああああああああああ
ぶちぶちぶち。
ああああああああああ
ああああああああああ
ああぶちぶちぶちああ
ああぶちぶちぶちああ
ああぶちぶちぶちああ
ああぶちぶちぶちああ
ああぶちぶちぶちああ
ああああああああああ
ああああああああああ
∞∞∞
カチ、カチ、カチ。
個室のドアが開かれた。
そこから、看護婦が現れた。
ネームプレートには石崎と書かれている。
「どうしました？また、子供が来た？」
サッカーの試合前に、足を骨折してしまった男の子の病室。
最初は泣きながら仕方ないと言っていたが、数日前、突然奇怪な言葉を言うようになった。
「怖い夢でも見たんですか？」
『子供が、自分の身体を取りに来る』と。
しかし少年は動く気配を見せなかった。
いつもなら真っ先に飛び出して抱きついてくるのに、何故か今日は出てこなかった。
「波釜君…？」
返事が、無い。
急に嫌な予感がした。
そう思った時には既に駆け出していた。
「波釜君！波釜君!!」
布団の中に隠れたまま動かない。
ベッドに駆け寄って、サイドに回り込もうとした時。
ぴちゃ、と、音がした。
水を踏んだらしい。
石崎は床に視線を送った。
あか。
「え…？」
石崎は首を傾げた、そして、まさかと布団を剥がそうと手を伸ばした。
ぶしゃ。
突然、四つの紅が咲いた。
みるみるうちに純白の布団が紅へ染まり上がり、滴り落ちる。
「あ…いやっ…───」
石崎の絶叫が、病室から吹き出した。
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