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隠し神語り
幻覚
「何だい。 僕は君の言われたとおりにしただけだよ」

マントを翻し、宙に浮いていたマーモンはリーボンより少し高い位置まで降りて来た。
そして、ふん、と人を小馬鹿にするように鼻で笑った。


リボーンの言ってた、「最高に楽しくしてやる」ってマーモンの事!?


綱吉は心で叫び、今朝言われたリボーンの台詞を掘り返す。

「大奮発」とは恐らくマーモンを肝試しの為に呼びつけ幻術を使わせる『報酬金』の事だろう。
綱吉は『こんなくだらない事で!』と絶叫を上げた。

「僕がお化けの幻覚以外に無駄な力を使うわけ無いだろ」
「それもそうだな…」

頭に乗っかっているリボーンなど気にせず綱吉はがばりと起き上がる。そして、浮かんでいるマーモンの前で正座した。

「本当にくだらない事で呼び出してごめんなさい!! 申し訳ありませんでしたっ!!」

怒鳴るように謝罪を申し上げる綱吉に、マーモンは一瞬呆気に取られたようだった。しかし、小さい口をひん曲げるとリボーンを見やった。

「本当だよ。 君より生徒の方が常識があって助かるね」

ふっ、と誇らしげにマーモンの悪態を軽くあしらうと、リボーンは本題を切り出した。

「お前、六道骸が何処に行ったか知らねぇか?」
「知らないよ」

再び即答すると、マントを揺らしながら浮き上がる。
リボーンもマーモンの淡々とした性格を知っていて首を傾げた。

金が絡んでくると厄介だが、それ以外には興味が薄いので簡単、尚且つ早く終わらせようとする。
この場合、骸の所在場所を知っていたら情報料と言って請求してきただろうが、何も言ってこないあたり本当に知らないと解釈して良いだろう。

そこであーっと声を上げたのは犬だった。
ばたばた近寄ってくると、びしりとマーモンを指差し、青筋を浮かべて吠えかかった。

「お前! 骸しゃんに負けたチビ!!」
「ん…? 何だいこいつは?」

ふわりと犬の目の前に降りると、まじまじと見つめるように犬の顔の高さで止まる。
犬は怒りに任せて雄たけびを上げると、マーモンに飛びかかった。
しかしひらりと躱され、犬は悔しそうに畜生!と吠える。そして、次こそは!とマーモンを捕まえるべく腕を振り続けた。

「誰かと思ったら、熊を一撃で仕留めた奴じゃないか」
「な、何で知ってんら?!」

ぴたりと動きを止め、分かりやすいぐらい驚いた犬に、マーモンは楽しそうに小さい口をにやりと笑わせた。

「たまたま出て来た鳥にビビったあの顔は凄く楽しかったよ」
「だだだ、誰もビビってねぇ!! オレは熊が居ると知ってたんら!」
「そうだったのか! お前!」

後ろで了平が目を輝かせて大声を上げるが、マーモンはあまり気にもせずにふーんと呟く。マーモンにしてみれば、人がどんな言い分を持っていようとも関係ないからだ。
金に繋がらないなら、どうだって良い。

了平はさて置き、マーモンにそんな態度をとられた犬は大人しくし引き下がる訳がなかった。
ばたばた暴れて、獣の様に体全体で怒りを表現する。

「むっきー! ムカツクな、お前! 骸しゃんに負けたからって腹いせに何かしたんだろ?! 骸しゃんに幻術かけてどっかに隠したんらろ!」

ぎゃんぎゃん吠える犬に、マーモンはやってられないと言わんんばかりに小さな溜息を吐く。

「六道骸だけを惑わせる真似なんかしないよ。 力の無駄遣いじゃないか。 リボーンが消したんじゃないの?」



え…───?



誰もがリボーンへと振り向いた。
しかし幼き家庭教師はただ静かにマーモンを見ているだけだった。

「殺すって意味じゃなくて、ぱっと姿をくらませる意味さ。 それぐらい、君なら出来るだろ?」
「いくらオレでも、近くにいない奴にそんな事は出来ねぇ」
「そうだね」

呟いてマーモンは夜に佇む山を見やる。
暗闇に有りながら異様な存在感を放つ並盛山。普段は鮮やかな緑を放つこの山も、暗闇の前では黒々としていた。
ずっしりと、更なる闇を蓄えて黒々としていた。

マーモンはくつくつと笑うと、再びリボーンを見やる。

「君は現ドン・ボンゴレの契約により、正式に決まっている次期ボンゴレの守護者に下手な手出しは出来ない───寧ろ助けざる終えないだろうね───『どんなに気に入らない奴』でもさ」
「バイパー…」

怒ったかい?と口元を笑わせる。
その台詞を放ったマーモンの声はとても楽しそうで無邪気だった。

「『聴こえる』んだ。 仕方ないだろ?」

リボーンはふぅ、と小さく溜め息を吐いて帽子を深く被り直した。
すると、そこで山本が思いついたように口を開く。

「あれ? もしかして『あの手』って、お前の幻覚か?」

問いかけてきた山本に対し、マーモンは簡単に答えることにより、あっさり主犯だと認めた。

「踏まれて『本物じゃない』って言われた時は驚いたけどね」

山本は千種のことだと思い、顔をそちらに向ける。
千種は案の定無表情だったが、自分の視線に気付いたのかこちらを向いてくれた。

「本物かと思って驚いたぜ! すげぇな!」
「当然だろ。それが仕事なんだから」

爽やかに笑う山本をじっと見ていた獄寺が、眉間にシワを寄せて声を張り上げた。

「まさか、アホ牛が階段見たとかほざいてたのは、てめぇの幻覚かぁ?!」

怒鳴り付けてくる獄寺に、む?と一言呟いてマーモンは首を傾げた。

「そんなものを、わざわざ見せるわけないだろう?」
「はぁ? 嘘吐いてんじゃねぇ! アホ牛がそう言ってたんだよ!」

ガンを飛ばしてくる獄寺に、マーモンは疲れたように溜め息を吐くと、すぃーと獄寺との距離を縮めた。
真正面で止まると、マーモンは小さな口を開く。

「獄寺隼人。 君に聞くけど、階段なんて『何処が怖い』のさ?」

その発言を聞いた獄寺は詰まった声を出すと、マーモンは追い打ちをかけるべく言い募る。

「幻覚って言ったって、一人だけに掛ける方が難易度は高いんだよ。 それこそ僕の嫌いな力の無駄さ。 一人にかけるくらいなら、君にもかけてるよ」

獄寺は訝しげに眉を寄せていたが、マーモンに言い切られ、観念したように顔をそらしてしまった。

終始見ていた綱吉は、もしかして、と首を傾げるとクロームを見ながらマーモンを指差した。

「もしかして、クロームが見た『子供』って、マーモンの事?」

え?と、目をぱちくりさせるクロームに、綱吉は「ほら!」と二人で逃げ帰った肝試しを思い出す。

「子供に引っ張られたって言ってたじゃん? もしかして、マーモンが幻覚で…」

クロームは『子供に引っ張られた』と言って怯えていた。
もしかしたら、マーモンが引っ張っていたのかもしれないと、少ない頭で考えたのだ。
しかし綱吉の予想を裏切るように、クロームはふるふると首を振った。

「私が見た子は…もうちょっと大きかった……それに、幻覚だったら…私も分かるから…」
「僕もそんなことはしないよ。お化けを見せる為だけに呼んばれたんだからね」
「そっか…」

綱吉は残念そうに呟くと、しゅんと気分が落ち込んでしまった。
犯人が見つかったと思ったが、ぬか喜びだったようだ。
しかし、マーモンを見ただけだったらあんな事にはならないか。



クロームなのに、クロームではない。

森の他に、何か見ているようだった。
それから狂ったような哄笑。
その動作一つ一つが、おかしかった。

まるで、クロームの皮を被った…───『誰か』のようだった。



「子供って、どんな子だったの」



「え?」とクロームが振り返った先にいたのは、かの暴君。
苛立ちが収まったのか、腕を組んで静かにクロームを見ていた。
その表情は些か険しく、睨んでいるとまではいかないが、目付きが少し悪い。

「私の腰より高いくらい…あと、着物着てた…」
「え…」

綱吉は顔を青くすると、クロームを見やる。

自分はそんな子供見ていない。

見ていないのに、クロームはこちらを向いてきた。



待って、待ってクローム。
オレは本当に何も見てないてば!
確かに、あの時何も見てないとは言ってなかったけど、『オレも見たよね?』って聞いてきそうなこの雰囲気は何?!

「ボスも…───」
「オレは見てない! 何も見てない!!」

案の定聞いてきたため、綱吉はつい全力で否定してしまった。
更に綱吉は頭を抱えて地に膝を着いた。

「…ボス?」
「オレは何も見てない! って言うか、オレは何も見え─────おぶふっ!!」
「見えてない君には聞いてない。 黙ってて

しゃがみこんでいる綱吉をトンファーで殴り飛ばし、挙げ句足で踏み付ける雲雀。
しかし、忠犬がそこで大人しく見ているはずが出来なかった。

「てめぇ! 十代目に何───」
「待て、獄寺」

雲雀に突っ掛かろうとした獄寺をリボーンが制止する。
何で止めるのかと声を張り上げれば、リボーンは大きな瞳で獄寺を一瞥する。
獄寺はリボーンからのアイコンタクトを受け取り、渋々口を閉じた。

「何か、心当たりがあるみてぇだな。 雲雀」
「一応、ね。 にわかには信じ難いけれど」

綱吉から足を下ろし、雲雀は再びクロームを見やる。
クロームは綱吉から雲雀へと視線をあわせ直し、小さく首を傾げたのだった。

「君が見たって言う、その子供…着物の他に何か特徴は?」
「え…?」

それからクロームは考え込むように口を曲げると、目を瞬かせる。

「…昔の人の格好だった…女の子……でも、怖い子だった…」

再起する森の中での出来事に、クロームの瞳の焦点がブレる。
沸き上がる恐怖に震えだしたクロームに、綱吉はがばりと起き上がって駆け寄った。

「クローム、大丈夫?!」

大丈夫なわけが無いのに、コクコクと小さく頷いたクロームの肩を抱く。
それから優しく、無理しなくて良いよ、と声をかけた。
心配になったのか千種と犬も近寄ってきた。
犬はむすりと顔を歪めて雲雀を睨みやった。

「おい、ヒヨコ! てめぇ、何すんらよ!!」

一瞬、詰まった表情を見せた雲雀だったが、ふいっと顔を逸らしてしまった。

「何、偉そうに───」
「ごめん、犬…」

再び突っ掛かっていきそうになった犬に、綱吉が突然苦笑いを浮かべて謝った。

「てめぇには言ってないびょん! オレはヒヨコに───」
「えっと、だからごめん…」
「意味わかんねぇびょん!」
「いや、雲雀さんも反省してるみたいだから、代わりに───ぶっ!

飛んできた雲雀の攻撃を頬にくらい、吹き飛んだ。心なしか殴られた中で一番痛かった気がする。
ぷしゅーと口から魂が立ちこめている綱吉を放り、雲雀はもう一度クロームに向き直った。

「…ねぇ、君は六道骸と連絡取れるんじゃないの?」
「そ、そうだびょん!!」

犬も雲雀同様にクロームを見やると、くわりと口を開いた。

「骸しゃんと連絡取れよ!」

動揺しながらも、クロームは頷いて耳に手を当てる。彼女が骸と連絡を取るときの姿勢だ。

「早くするびょん! ブス!!」
「犬…黙ってなよ」
「何らとう?!」

喚きたてた犬に千種は淡々とした口調で釘を刺すが、逆に犬を煽る形になってしまった。
犬は千種の胸ぐらを掴み上げると、ブンブン揺すった。
しかし、表情も特に崩れることはなく、されるがままに揺らされるその様は綿が入ったぬいぐるみのようだった。

「落ちついてよ、犬!」
「うっへー! 落ち着いてられるかって───」



「骸様…?」



綱吉に火の粉が降り掛かりそうな瞬間。クロームが弱々しい声で骸の名を呼んだ。

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あきゅろす。
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