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隠し神語り
見つけた『答え』
喉から沸き上がった叫び声は異常なほど続いた。
醜い声が漏れていた。
しかしそれは次第に枯れていく。
憎しみに歪んだ黒い声は削げ落ち、骸の声が滲み出てきた。

「ああ……ぁ───」

苦しそうに掠れた叫びが途切れた瞬間、骸はふらりとよろめいた。そして、そのままゆっくり前へ体を倒していった。






綱吉は頭一個分大きい彼の顔が、肩にかかるように骸を受け止める。
意識が飛んだ骸は、小柄な綱吉に全体量を預ける形となった。

そして、綱吉は骸の頭を撫でるように抱くと、聞こえないと知っていながら耳元で囁いた。





「お帰り…骸───」





静かに呼吸を繰り返す骸。
頬は汚れて、深い藍の糸が乱れている。



しかし、その顔はとても穏やかだった。



∞∞∞



雲雀は指先で札を挟み、それで眼前に居る少女に差した。
しかし、その先には先程までの子供のような面をした少女ではなく、皺と腐った肉を骨に肌を張りつけた小さな人間が───人のようなものがいるだけだった。
上下に動く肩は着物を乱し、そこからも腐った肉に汚れた包帯が巻かれている。

穴の空いた目で雲雀を睨み、
腐って落ちる顔を歪めて、
黒く淀んだ声を発する。



私はまだ…!
私はまだ…!!



ぶよぶよと蠢く白い肉塊が、人間の声に呼応するように集まって肉をぷちゅりと繋げていく。
雲雀も、小さな人間へ眼光を煌めかせて睨み返した。



「知らないよ。 知る必要もないからね」



学ランを翻し、雲雀が札を持っている腕を払うように伸ばす。
そして、眼前の人のようなものを睨み付けた。

力が弱くなった。
『供給源』が無くなったのだろう。



「じゃあ、終わりにしようか」



黒い雄叫びが、耳をつんざいた。
それと同時に雲雀へ白い肉塊が飛び掛かる。
遥か上空に肉は立ち昇り、その影が雲雀を覆う。
雲雀はそれを睨み付けて、札を払い飛ばす為の姿勢をとった。



「そこまでだ」



その一言。
次の瞬間には、雲雀に向かっていた肉が弾け飛んだ。それは直ぐに焦げ落ちて腐臭を上げる。
人のようなものは、削げ落ちた顔を歪ませた。



そこに、炎を纏った綱吉がいた。



雲雀の前に躍り出て、人のようなモノに手の平を向けていた。

「六道骸は…?」
「眠っている───元に戻った」

そう、と雲雀が呟く。
綱吉は目の前の人のようなものに向き合った。
俯いて、拳を握りしめる。
そんな綱吉の肩を、雲雀が掴んだ。

「それなら長居は───」
「あなたも、もうやめろ」



綱吉が、顔を上向けた。



「もう、止めろ…」



悲痛の滲む、声が放った。


雲雀は一瞬目を細めて綱吉を見やった。

自分と共に山を登った時の話を、ちゃんと聞いていたのだろうか。

怪異に情けをかけては『命取り』だと。

そもそも、神隠しに『止めろ』という言葉が伝わるとでも思ったのだろうか。
その言葉が伝わるはずもないし、例え意味を知ったとしてもそれは『止められない』。
それはアレにとって、存在『そのモノ』なのだから。



そして、雲雀が目を見開いた。



「ちょっと待って、綱吉。 『あなた』ってどう言うこと?」



雲雀は肩を掴んだまま横に並んだ。
目を細め、ついさっきの綱吉の台詞を思い出す。



『あなた』という『一人称』。



さっきは普通に聞いていた。
それは、気になることでも、気にすることでもなかったからだ。
しかし、『普通に』考えたらそうはならないだろう。



「子供に対して『あなた』って『使わない』よね?」



丁寧に話すならもう少し『くだけた』表現をするはずである。
例え相手が『怪異』だとしても、目の前に在るのは『子供』だ。



「どういう…こと……?」





『子供』の『はずである』。





その問い掛けに、綱吉は一度目を閉じた。そして、再び朝焼け色の瞳が姿を現す。

敵を射ぬくように。



「もう…解ってるだろ?」



綱吉は目の前に在る人のようなものに問い掛けた。
いや、自分に問い掛けたのかもしれない。
雲雀はその横で、少し身長の低い綱吉を見た。

どうやら、自分は『とんでもない奴』を選出してしまったらしい。

六道骸の『迷い』を晴らすためだけに連れてきた。
あの中でも、『怪異』に『対応』でき、誰よりも骸の『迷い』の真意を『引きずりだせる』人物を。
そして、『晴らす』事を出来るであろう人物を連れてきたつもりだった。

確かにその通りだった。
自分の目に狂いは無かった。
現に、雲雀では分からなかった『迷い』を晴らして、骸を元に戻した。

しかし、唯一、見誤ったようだ。



「もう、戻って来ないって…」



その『とんでもない奴』は自分の視界に大きく映りこむ。
雲雀は、こんな状況で胸が踊る自分に腹立たしさを覚えた。

人間だけではなく、『神隠し』の『真意』を引きずりだせる。
そして、『晴らす』所まで導ける『とんでもない奴』を選出してきてしまった自分に。








「あなたの『子供』は『戻らない』…───」








何よりも、『危険』だと解っていても『全ての真意』を『知りたい自分』が此処に『居る』という事に。



自分は、腹が立つほど胸が踊っている。



異界に淀んだ空気が、固まった。
『ぴしり』と、固まった。
異界が、『隠し神』が、明らかな『動揺』を空気に表した。
ただ、肌で感じるだけ。
『固まった』という感覚。
今まで感じたことなど一度たりとも無いのに、『異様』に『分かる』。



目の前の『怪異』は、綱吉に真意を『触れられている』。



「それ、どういうこと? 捧げられたのは『子供』だよ」

雲雀は問い掛けた。
それが『公然』の『真実』であるはずだからだ。
だが、綱吉は言った。

あなたの『子供』は『戻らない』と。

「まるで、目の前のモノは『子供じゃない』って言ってるみたいじゃない」

ちらりと視線を送る雲雀。その問いかけに答えるように、綱吉は口を静かに開いた。

「雲雀、確かお前はオレにこう言った。 『並盛では、山の神様にお祈りしようとした時に、子供を捧げていた』、と」
「そうだね…───」

呟いて、雲雀は人のようなものを睨み付けた。



「僕はそれを…───『生け贄』と呼んだ」



人のようなものは狂った笑顔を咲かせて固まっていた。
綱吉が横目で雲雀を見やる。雲雀のその表情に、陰りが見えた気がした。

「その時、子供は簡単に降りられないように『草履を脱がして』捧げられるんだったよな…?」
「?!」

かっと目を見開くと、雲雀は弾かれたように雲雀が少女の足元を睨んだ。
確かに人のようなものは草履を紅く染めながら立っていた。
草履を踏みつけるように、包帯を巻いた足で履いていた。
それが本当に『子供』ならば『おかしい』ことになる。
神に捧げられた子供は皆『草履を脱がされる』のだから。

すると、世界が『歪み』だした。
狂いだす空気。
冷気が肌を突き刺す。
人のようなものの『心情』を表すように。

「あなたは、自らの手で自分の子供を山に置き去りにしたよな? 草履を脱がせて─────『降りた』」

ぴくりとも動かない。
ただじっとこちらを向いていた。
静かに、綱吉を『笑って』いた。
その威圧は『異様』。

「降りていくその途中で、あなたは足を踏みはずした。 本来は通るべき道を夜の暗さで誤まり…―――転落」

しかし、綱吉は動じる様子も無くただ見ていた。
何でもないように続きを語りだした。
いつもは凛と響くその声が───今はとても儚く聞こえた。
雲雀は静かに綱吉の話に耳を傾けていた。
眉根を寄せ、両手に握っておいた札を更にキツく握った。

「子供を置き去りにしたあなたは泣きながら去っていった。 泣きながら謝って、自分の子を置き去りにした自分の弱さを嘆いていた…―――――覚えているだろう?」

そして、人のようなものが表情を崩した。
歪んだ顔をずぅんと暗い表情へ変え、顔を俯かせた。
しかし、目の穴だけがこちらからも覗ける。その様子が、無いはずの目玉をこちらに向けているように見えた。



妬ましそうに。

怨めしそうに。

憎らしそうに。



「だからあなたは今もずっと『探し続けて』いる…」



異界の『風景』が、ぼやりと歪んだ。



「『神隠し』に消えた『あなたの娘』を。 そして…―――――」

綱吉の台詞が止まった。





「それ以上の『答え』は僕らに『危険』過ぎます…───」





綱吉の首の真後ろ、白銀の三叉が煌めいた。

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あきゅろす。
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