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隠し神語り
遭遇
山に埋められたようにその階段は上へ段差を繋げていた。
高すぎるせいか階段の最上段から先は見えない。

綱吉は肌をなぶってくる歪な空気を大きく吸い込むと、階段に足を掛けた。



途端に、肌がずしりと重みを感じとった。



肌が震えて汗が垂れる。
漂っているだけの空気に、押し潰されそうだ。

しかし歩調は早まるばかりで、いつしか綱吉は階段を駆け上がっていた。
無造作に生えまくっている木々が後ろへと流れ、階段の段数が徐々に徐々に減って行く。

「はぁ…はぁ…」

見えてきた階段の先はついさっきまで小さく見えていたのに、今は形をしっかり捉えられるぐらいの大きさになっていた。

前からあたる風が気持ち悪い。
息を切らせながら駆けあがっている筈なのに、身体は一向に熱を帯びない。
崖を素手で登った事があるのに、それよりずっとずっと苦しくて辛い。

でも、

でも。

「はぁ…はぁ…」



骸が、この先に『居る』。



階段を上って行くたびに…───『階段の先にあるモノに近づいて行く』たびに身体を汚していくような感覚に落ちていく。
呼吸をするのが辛くなっていく。

「はぁ…はぁ…」

階段を半分上がって来た所で、先にあるモノの全貌が綱吉の目に飛び込んできた。





神社…?





大きいとは言えないが、並盛神社と同じようなこな建物が建っている。
和風建築で屋根が藍色の瓦。
建物に入る為の階段が設置されていて、その先に引き戸があった。
全て木造で出来ているようだが、みるも無残にボロボロだった。

神聖な建物である筈なのに、今は『歪』を放つ建物にしか見えなかった。

「…!」

そして、息を切らせながら見つけたその先に、横たわる人影を見た。



「骸ぉっ!!」



縁側に仰向けに、腕が階段へだらんと投げ出されている。
髪が散って、制服が少し薄汚れているように見えた。

動く気配は全く無い。



「骸っ! 骸ぉっ!!」



長かった階段を登りきると、境内には石畳が敷かれて真っ直ぐ建物に続いてた。来たモノを導くように建物へ伸びていた。

「ここまでおいで」と言わんばかりに真っ直ぐ伸びていた。

「骸っ!」

底に近い体力なんか気にせず無理矢理引きずり出して、眠っている骸の元へ駆け寄った。

近くで見てみると骸は余計土で汚れていて、静かで、死んでいるみたいだった。

「骸?! 生きてるよね?! お願いだから、目を開けてよぉっ!!」

何度呼び掛けても、何度ゆすっても、彼が目を覚ます気配はない。
ただ小さく規則正しい呼吸音をたてて眠っているだけだった。

それだけが生きている証だった。

「ねぇ、骸?! 骸ってば!!」



─── 渡さない… ───



「───…?!」



体が訴える───異常を。
肌が感じる───異形を。
頭が騒ぐ───異物だと。


目の前の『モノ』は『異物』だと。





骸が、『ぐりん』と目を剥いた。





「ひっ!」











けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ
らけらけらけらけらけらけらけら
けらけらけらけらけらけらけらけ


ひん曲がった骸の口から哄笑が溢れだす。
クロームの時と全く同じ音声で、調子で、狂った哄笑が高らかに、歪に響いた。
焦点のない藍と紅が、こちらを見て嗤(わら)う。
無邪気な狂気で染まった顔面が嗤っていた。

「あ……あ…!」

体が強ばって動かない。
体内が冷え込んだ。
汗がぶわりと溢れだす。
出したい悲鳴が喉で引っ掛かる。

動かない綱吉の前で、骸が異常な速さでぐぅんと起き上がった。

「ひっ…あぁ…ぁ……」
『これは…これは…渡さない…』

そして、微かに見えた。
骸と重なる『少女』の面影。
こちらを見て、狂った笑顔を浮かべている。

『嬉しそう』な、狂った笑顔を浮かべている。



『久々に来た…闇の…深い子…』
「――――あ…あ……!」



そして綱吉はぴしりと固まった。



綱吉の頭の中で、恐怖より勝る『何か』が弾き出されたのだ。



『来た…迷い子…迷い子……』



それは、自分でも疑ってしまうような『骸の答え』だった。



『もう離さない…離さない……』



そんなはず、無い。

だって、骸はクロームの為に内臓を補い続けてて。
それを『穴』として使って、こっちに帰ろうとしてる───してた…。

してた……。



してた……………?



そして、『骸』は綱吉の首へ手を伸ばした。

「かはっ!」

階段を背に転げ落ちる。
倒れたことを良いことに、階段に逆さまの状態から綱吉の首を締めた。

尋常ではない力が、
骸では出せない力が、
酸素を送る器官を潰していく。



骸…骸っ……!



首を締める骸の手はとても冷たくて、締めた手は一向に熱を帯びない。
むしろ、こちらの体温を奪いにかかる。
呼吸を妨げる手を剥がそうと藻掻く綱吉だが、一向に外れる気配はない。潰された喉が空気を吐き出そうと、吐き気を催す。



『渡さない…コレは渡さない…』



骸と重なる女の声。
辛みの募った声。
怨みの籠もった声。



『久々に来た…闇の深い子……』



その後ろで、ぶぅうんと少女が現れる。
紅い着物を纏って、緑の帯を締めている。
顔は青白く、それ以外の露出している肌には汚れてボロボロな包帯が巻かれていた。首も、腕も、指先も、足も肌を全てを覆い、ところどころ紅い。
指先と足先は特に紅く、履いている草履さえ紅く染めていた。



骸っ……!
どうしてっ……。



『渡さない…一人にさせない…』



こちらを見下ろしてけたけた笑う。
骸と一緒になって、綱吉をけたけた笑う。



骸…! 骸ぉっ……!



『…いま…いま……───』



遠退き始める意識。
首元にある刺すような冷たさが、鈍くなっていく。
目の前が霞んで歪む。



そして、映像が。

自分の周りを回るようにぶぅんと映り始めた。
写真のように長方形に切り取られ、無数に散っている。

それはどれも、『仲間達』が写っていた。



犬が学生に交じってグラウンドで走り回っている。

クロームが、お盆に紅茶を載せて小さな笑顔を浮かべている。

千種が、無表情で誰かの制服に『喧嘩上等』と刺繍をいれている。



そして、やたらでかいのはついさっきの肝試しの光景。



犬が了平と肩を組んで帰ってきている。

クロームが楽しそうな様子で自分の腕に抱きついている。

千種が───いつもの無表情の中に、『楽しそう』な表情を覗かせている…。





骸…そんな事ない…。

『オレ』なんかより、『骸』と一緒に居る方が、みんな楽しそうだよ…?





導き出した、その『答え』。

神隠しの根底は『迷い』。
そして、怪異は『人』がいなければ『起きない』。

雲雀が伝えたかった、『神隠し』の、その『本質』。



骸は、いつだって仲間を守ってきた。
自分の身を程して、仲間を守ってきた。

生きていてくれれば、
笑っていてくれれば、
それで良いと。

誰よりも、仲間の幸せを願った。





霞む意識の中、何か聞えた。
呼吸が楽になって、
体が暖かいものに包まれる。





それで仲間が『生きて』いける状態になったら?

それで仲間に『笑顔』がやってきたら?

それで仲間に『幸せ』がやってきたら?



それらがもし、『自分の手』ではなく『他人の手』によってだと思ってしまったら?














骸ハ、『ドウシタラ』良イ?










見える。
振り向き様に浮かべる、骸の小さな笑み。
それが、ガラスのようにヒビが入ってズレる。
そして、綱吉が導き出した答えと共にぱりーんと音をたてて砕けた。
















神隠しを『引き起こした』のは骸の『迷い』だ。

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あきゅろす。
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