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隠し神語り
迷い
松明を握り、近くの草むらに合った大きな岩に雲雀は座っていた。
もちろん、綱吉はそこら辺の草の上に体育座りである。

「ただの人探しなら人が『こっち』にいるんだからそのうち見つかる。 でも、『怪異』は───『あっち』なんだ。
『この世』であって『この世』ではない。『あの世』であって『あの世』ではない。怪異という力が作り出した『どっち付かず』の世界…───生と死の狭間の『完全孤立』した世界。怪異が作り出す怪異の為の異界…」

松明の光を浴びながら静かにどこかを見ている雲雀。松明の炎が反射する瞳が、儚げに見えた。

「『あっち』に行っても尚、『自分』という存在をしっかり持っていないと、逆に連れていかれてしまう。 それでは意味が無い───」



いつもとは違う雲雀を───自分は初めて見た。



「だから僕は君を選んだ。 『怪異』の存在を信じてくれて、『怪異』に触れても尚、沢田綱吉は沢田綱吉である君をね…───」

脚を組み、地面に座っている綱吉を見下ろした。
それは先程見せていた表情ではなく、いつもの雲雀だった。

「これで分かってくれた? どうして僕が君を選んだのか」
「え?────ええっと!」

見惚れててあんまり聞いてなかった!
ヤバい!!

「えっと!頭が悪いなりには!!」
「じゃあ、充分だね」

雲雀はそう言うと、くすりと小さく笑った。



「え…」



いつもは無愛想で、獲物を見つけては黒いくせに無邪気な笑顔を見てきた綱吉は当然、雲雀を見たまま固まってしまった。



見たこともない。

彼のあどけない笑顔に。





「何?」
「い、いえ! 何でもありませんっ!」

綱吉は雲雀から顔を背けるようにぐるんと背を向けた。
地に両手をついて、耳元から聞こえてくる心音に呼吸が荒いことに気付いた。



ひっ、雲雀さんが笑った〜?!



どっと頬が火照ってくる。
自分でも頬が赤くなっているであろうと感じ取った。

やばぃいい!
変態だと思われるぅうう!

そんな自分を払拭するようにぶんぶんと横へ顔を振った。
しかし雲雀の笑顔は自分の目蓋から外れてくれることはなく、寧ろ忘れようとすればするほど焼き付いてくる。
だって、その笑った顔はあまりにも…───。



「何してるの、沢田綱吉」
「はっ、はいぃい?!」

声を裏返して雲雀の方を振り向く綱吉。つい条件反射で再びぐるりと振り返る。
すると、すぐ後ろにいた雲雀は自分が持っている松明の炎によって下から照らされ、いつもより凄みを増していた。
というか、一瞬お化けに見えたくらいだ。

「そんなのだと、食われるよ?」
「くくく、食われるって、何にですか〜?!」
「『怪異』だよ」

雲雀はさらりと吐き捨て、綱吉を置いて歩き始めた。
綱吉は首を傾げると、置いていかれると気付いて慌てて追い掛ける。
黒に包まれた雲雀は、松明の炎が無ければすぐに見失ってしまいそうだった。

髪と服をなびかせ、しっかりとした足取りで歩み進めていく雲雀。
息を切らせて追い付いた綱吉は離れないようにくっ付いて行く。
その気配を察して、雲雀は口を開いた。

「もともと、昔の人間達は山の中に迷って帰って来なかったことを『神隠し』と呼んだんだ…―――探しても探しても見つからないから『神様が隠したんだ』と言ってね───」
「え…?」

真っ直ぐ前を見たままの雲雀に、綱吉は首を傾げた。

「しかしある年、人間達は作物を獲れなくなった。 困った人間達は山の神様にお祈りをしようとしたんだ」

その口調、その喋り方。
綱吉は大きな目を見開いて口を引き結ぶ。

肌寒くなって来た気がする。
喉が、やたらと乾く。





この先を、オレは聞きたくない。





「雲雀さん…さっきから、何の話を───」
「聞いて分からない? 神隠しの『歴史』だよ」

呟いた雲雀は、綱吉を一瞥すると直ぐに顔を前へ向けた。



これって、話を聞けって事なの?
でも何で?
何でそんな話するの?!
オレ、怖いの嫌いなんですけど?!



汗だくになりながら綱吉は心の中で叫ぶ。
多分、そう言った所で暴君雲雀様の前ではあっさり切り捨てられるに決まっているからだ。
綱吉がそんな葛藤を繰り広げているとはつゆ知らず、雲雀は淡々とした様子で喋っていく。

「話を戻すけど、人間達は神様にお祈りするために、何をしたと思う?」



聞きたくない、聞きたくない!
この先が一番、聞きたくない!!

助けて…嫌だぁっ……!!


















「『生け贄』だよ」





















胸が、どくんと跳ね上がった気がした。
綱吉が恐る恐る顔を雲雀へ向けていく。そして、ゆっくり、着実に雲雀の顔が見えてくる。

冷や汗が止まらない。
心臓が早鐘を打つ。
息をするのが苦しい。



逃げたい…。
───────逃げたい!!



「この並盛ではね、幼い子供を捧げていたんだ。 十歳にも満たない小さな子供を神への捧げ物として、山の中にある祠に奉納したんだ」
「…子供を…奉納…───?」

雲雀を見上げ、震える声で問い掛ける。
雲雀はその問い掛けに、あぁ、と一言で答えた。

「『実の両親』に『実の子供』を捧げさせたんだ…───簡単には帰ってこれないように、草履を脱がせてね」
「実の…親が……?!」

自分の唾を飲み込む音が、耳元ではっきり大きく聞こえた。
体が、中が、冷えて震える。
本当に、自分は歩ってるんだろうか。
本当に、自分は呼吸を出来ているだろうか。



それよりも、何だそれ。

実の親に、自分の子供を捧げさせるって。

そんなの、そんな事って───!

「酷いよね、昔の人って───」
「酷い! 酷過ぎる!!」

前を見ていた雲雀が綱吉を見下ろした。
少し低い位置にある彼の顔は俯いていて、小さく震えていた。

怯えてではない。



怒りで。



「何でそんなことするんだ! そんな事で、助かる訳無いじゃないか!」

自分の子供を捧げて、
自分は助かって。

自分の子供は死んでしまって、
自分は生きていく。
他の人も、生きていく───…。



「そんなのっ! 絶対、間違って─────ぶっ!」

綱吉の頬にトンファーが飛び込んだ。
いつもの事だが、躱すことを出来ずに地にひれ伏した。そしてその頭を、暴君雲雀は何の躊躇いもなく踏みつけた。

「僕の台詞を遮るなんてどういう了見? もう一発殴ってあげようか?」

松明の炎が風に揺られ、暗闇の一部を照らす。
その細やかな光の中で、事実上の女王様と下僕の図が完成した。
下僕はと言うと、小さく涙を溜めながら素直に謝るのだった。

「分かれば良いよ、分かれば」

女王様はそれだけ吐き捨てると、足を外して小さく溜め息を吐いた。

「でも…───」

足下にいる綱吉が呟いた。
それからむくりと起き上がると、座り込んで地面を見つめていた。

「でも、可哀想です───…子供も、親も…───」
「……何で?」
「何でって!」

綱吉は顔を上げると雲雀を見た。松明を持って見下ろしている雲雀は、ぼやけて見えた。

「自分の子供を捧げて、自分は助かって。 自分の子供は死んでしまって、自分は生きていく…───自分の子供を…手放したくない子供を───親が自分の手で山に置き去りにさせていくなんて、酷いですっ…! そんな事…! オレは『自分の子供』にしたくないです…!!」



目を潤わせながら綱吉は俯いた。
体を震わせて、ひっく、と涙で引きつった呼吸をする。



涙で揺れる、綱吉の声が響いた。



続く、嗚咽混じりの声。

しばしすると、雲雀は綱吉の頭を松明の柄で殴り付けた。

「痛いっ! すみません!」
「全くだよ。 怪異に対して、そんな同情は命取りだよ」
「ふぇ?」

綱吉が頭を抑えたまま雲雀の方を向けばこちらを向いていて、松明を手に持ったまま腕を組むという、何とも器用な事をしていた。
綱吉も頭で思うより早く雲雀に向き直る。

「良いかい? 幽霊に対しても、怪異対しても、『同情』なんてしていたら憑かれるよ」
「憑かれるぅ?!」
「当然でしょ。 悪い言い方をすれば、精神の弱さに付け込んで奴らは侵入してくるんだ。 奴等と『同じ感情』になってしまったら、それこそ奴等に憑けるチャンスを与えてるようなモノだよ」

だから、と呟きながら、雲雀はかちゃりとトンファーを滑り出させる。

「『同情禁止』。 分かった?」
「はいぃっ!!」

ヘタレ精神の下、両手をぴっと上げた綱吉に雲雀はトンファーを収めた。そして、小さく溜め息を吐くと再び腕を組む。

「神隠しという怪異は、結局の所『迷い』が根底なんだ」
「…まよい…?」
「そう…『迷い』───」

ぼんやり照らされる、白い肌。
黒き瞳が、炎に小さく反射した。

「『迷い』が『迷い』を生んで、新たに深い『迷い』を作る───血『迷った』人間が『迷い』子を生んで、その者は死を迎えて尚『迷い続ける』─────それが『神隠し』…」
「───雲雀さん…?」

ふわりと吹いた風が髪を、制服を、襟を揺らして遊ぶ。
漆黒に身を包んだ雲雀が炎に照らされ、とても白く見えた。



また、儚く見えた…─────。



「綱吉…覚えておいて───」



ぶわりと強い風が真正面から吹いて、髪が揺らされた。木の葉が顔面に突っ込んできて、綱吉は腕で顔を覆った。
すると、その腕を雲雀が掴む。

「──雲雀さん…?」

強引に剥がされて、漆黒と琥珀の視線が絡み合う。
飲み込まれるような黒に、綱吉は小さく唾液を飲み込んだ。

「怪異は『自然』には起きない。 そこに『人』が居なければ、怪異は『起きない』んだ…───意味、分かるかい?」
「───え…?」
「つまり、ね…」

雲雀が口を、綱吉の耳元へと近付けた。





怪異ハ人ニ引キ寄セラレル。





「雲雀さん…?」
「行くよ、綱吉───」

あっさり綱吉から離れると、雲雀はくるりと背を向けて歩きだした。

「境石の前までね」
「さかえいし…───?」
「平仮名発音しないで」

再び先を歩き始めた雲雀の後を追いながら、首を傾げた。
聞いたことがあるはずだけど、いつ聞いただろうか。

綱吉は闇の中を突き進む黒い背中に、揺らぎの無い意志を感じ取る。

大丈夫…きっと、大丈夫───。

暗黒が続く山道を見つめながら、綱吉は小さく呟いた。





「必ず迎えに行くから…」





自信過剰で傲慢で、はた迷惑な…───誰よりも同志に優しい、かの術師を目蓋の裏に映し出した。

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あきゅろす。
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