隠し神語り
探索者の条件
まるでこれから洞窟探険でもしようかと、松明はぼうぼうと燃え上がる。
ちょっとやそっとの風では消えなさそうなので、それだけが心の救いだと思った。
松明の炎に照らされ、綱吉と雲雀の二人は山道をただ黙々と歩いていた。
照らす足元は明るいが、松明の灯火が当たらない奥は暗闇。
心が、魂が、その闇に持っていかれそうな気がした。
「雲雀さん…あの───」
「聞きたいことがあるなら、はっきり言いなよ」
「すみません!」
雲雀にダメ出しをくらい、綱吉は反射的に体を折り曲げた。
ぴったり九十度、文句なしの綺麗なお辞儀だった。
「…そうだね。 まずは何で僕が君だけを捜索係に選んだか…───だね」
ぽつりと呟いた雲雀。
いきなり立ち止まって、ゆっくり振り向いた。
いつもは刺々ししくて近寄りがたい雰囲気を醸し出す雲雀。
しかし、今は…。
「雲雀さん…?」
松明に揺らめいて照らされた雲雀が、年相応に幼く、儚く見えた。
∞∞∞
雲雀の指示の元、クロームが『集中できるよう静に』ということで、犬を除く五人が陣から少し離れた所に集まっていた。
山本はクロームの集中を阻害するであろうランボを眠っている間に綱吉宅まで運んでいる。
残りの獄寺、了平、千種、リボーン、マーモンが円を描いて座っていた。
「おい、貴様。 人を探すのに二人だけで良いのか? やはりオレ達も行った方が…───」
「『ただの』人探しなら、人数は多い方が良いね。 でも、これは最終的に『相性』なんだよ」
「はぁ? 意味が分からんぞ。 きっちり説明しろ!」
了平がそう声を張り上げると、マーモンは小さく溜め息を吐いた。
「さて、どうやってこの馬鹿には説明した方が良いかな…───」
「大丈夫だ。 俺が理論から叩き込んでやる」
「もうその説明方法から間違ってるんだけど、僕は本当にどうやって説明したら良いの?」
マーモンがすかさず突っ込むと、リボーンは口を尖らせた。
「理解能力が高い山本を行かせたのは失敗だったかもな」
「良い…早く説明して…」
千種が説明を促し、マーモンは再び溜め息を吐いた。それから、ふーむと呟くと、フードを引っ張った。
リボーンがマーモンを一瞥して帽子を上げる。
「率直に言うとね。 今回の事例は『神隠し』なんだよ」
「神隠し…」
ふむ、と頷いて数秒。
「んなわけあるか! 神隠しってのは、山の中に人が消えるって言う、昔の伝説じゃねぇか!!」
青筋を浮かべて獄寺が声を張り上げた。それに対し、マーモンはぁーと声を上げる。
「じゃあ話はこれで終わりだよ。 信じられない奴には話すだけ無駄だからね」
「なぁ?!」
「現に一人消えて、現に一人通信役をやった人が居る。 それでも否定しようなら僕から話すことは何もないよ。 だって、この話は全て、『実際誰も解明できていない非現実』なんだからさ」
くすりと笑うマーモンが、獄寺を見るように低い位置から顔を上向ける。
「君は頭が良いから話しをすれば信じなくとも理解はしてくれるだろうさ。 でも、それじゃ駄目なんだよ。 だからこそ君は『六道骸の捜索』には『選ばれなかった』」
「?!」
獄寺の顔が歪み、マーモンの小さい口がにたりと笑う。
その言葉が自分の中に大きな衝撃を打ち込まれたのを、獄寺は感じ取った。
「君だけじゃないよ。 あと『超馬鹿』と『引きずり込まれた者』も駄目さ」
その言葉に、千種と了平の眉が確かに寄った。
「これで初めに戻るのさ…───『ただの』人探しなら人数が多ければ『当たる』けど、『怪異』が交じった人探しは、その人物と怪異の『相性』が合わなければ、その怪異とは『当たらない』んだよ」
視線を反らし、獄寺の口が引き結ばれる。了平は腕を組んだままうんうんと頷いた。
「大体さ、『自分の存在に気付いてくれない奴』とか『自分の事を否定する』奴に君達は会いたいと思う?」
それに眉を寄せたのは獄寺と千種だった。
了平も意味を理解してもちろん、とマーモンを見やる。
「会いたくない、というか、そんな奴とは出くわせないのではないか? 気付いてもらえないのだろう?───というか、そんな最低な事をする奴は誰だぁああー!!」
騒ぎ立てる了平に、マーモンは小さく、誰にも聞こえないように溜め息を吐いた。
君のことなんだけどと言ってやりたいが、極限鈍感男、笹川了平が気付いてくれるわけない。
話を聞いて眉間にシワを作っていた獄寺が、まさかとマーモンを睨みやった。
「おい! 『たったそれだけの事』が『相性』だっていうのか?!」
「その通りだよ。 でも、『たったそれだけ』の相性に君は『当てはまらなかった』…────」
獄寺のその発言を嘲笑うかのように、マーモンがくすりと笑った。
「『信じる』という行為は大事なんだよ。 『今回の怪異』は、自分の事を『信じてくれない』、『気付いてくれない』奴の前なんかに顕れてくれないのさ───だからこそ君と笹川了平は『外され』、沢田綱吉が『選ばれた』んだ」
マーモンを睨み付けながら、ぎりりと唇を噛む獄寺。そんな様子を嘲笑うようにマーモンは話を推し進めていった。
「あと、そっちの大人しい君は…───自分で分かるんじゃない? お守りに『肩代わり』されてるんだからさぁ?」
こちらを向いて話された千種。虚ろな瞳を静かに閉じて、まぁ、と呟いた。
「探しに行って、出くわしたが最後…『帰って来れない』…」
「大当たり。 君が行けば確かに怪異に『当たる』けど、引っ張り込まれて帰ってこれない───六道骸と一緒に引き込まれてオダブツだよ」
ばさりと立ち上がり、マーモンは獄寺と千種を一望できる高さまで舞い上がる。
「さて此処で少し話を換えてみようか?」
「何?」「?」
獄寺と千種が同時にマーモンを見やった。
皮肉のこもった声が、放たれる。
「君達、幽霊に意志はあると思うかい?」
そう言われ、獄寺と千種が目を瞬いた。再び、了平がうんうん頷くと千種が口を開いた。
「…考えた事はないけど……無いんじゃない……恨みとか、怨念はあるだろうけど…『意志』とは関係ないんじゃない…?」
「獄寺隼人はどうだい? 君も、考えた事なんてないんじゃないの?」
再び眉を寄せ、ただでさえ付きが悪い目付きを悪くする。口元に拳を持っていき、それを覆った。
静かに過ぎた時間の中、獄寺は漸くマーモンに視線を移した。
「信じられないが、『ある』と思う…───じゃなきゃ、クロームを欲しいなんて思わないんじゃねぇか? それに、さっきの話からすると怪異にも『意志』があると考えて良いと思う…───どうだ?」
しばしの、沈黙。
視線が、マーモンへと集結した。
そして沈黙を破るように、マーモンがふむと呟いた。
「まぁ、それぞれ正解なんじゃない?」
「はぁ?!」
空気をぶち破る発言をしたマーモンに、獄寺が声を荒げた。
しかし、マーモンは気にする様子もなくクスクスと笑って手を広げた。
「今の質問はお前達の怪異に対する意識を『向けさせる』為のちょっとした質問さ。 しかも怪異ってのは幽霊だけが起こすものじゃないんだ…───まぁ、『幽霊って呼べる』のも謎だけどね」
見下ろすように浮いていたマーモンはそろそろと下降し、獄寺と千種の前に降り立った。
「ともかく。 どんな答えであれ君達は『怪異』という『現象』に対して『考えて』くれたろう?」
口を引き結んで、マーモンを睨み付ける獄寺。
同じく千種もマーモンを見て、了平はうんうん頷いた。
「その意識があるなら、少なからずそれぞれの怪異には対処できると思うよ」
それぞれの怪異…?
獄寺の眉が、ぴくりと寄った。
「おい、それってどう言う───」
「さぁて。 君達の考え方が変わったかもしれない所で『神隠し』に対する『君達の質問』を受け付ける…───それ以外は『質問者から』追加料金いただくよ」
「んなっ?!」
それ以上の、それ以外の質問を撥ね退けるようにマーモンは釘を刺した。そのあと、当然だろ?と、獄寺の方を見やる。
「今回、僕が貸すのは『神隠し』に対する知識だけさ。 『それ以外の怪異』に対する知識は『現段階』で『完全』に『必要無い』だろ?」
獄寺の顔が、ぴくりと歪んだ。千種はそんな獄寺を一瞥して、小さく溜め息を吐いた。
一段落吐いたと判断した了平が、その台詞を待ちわびたかのように了平がぴっと手を挙げる。実に真っ直ぐ伸びた綺麗な挙手だった。
すると、マーモンは了平を見て口を開く。
「『お前』以外の質問を受け付けるよ。 僕の話、最初から全部分からないでしょ?」
「あぁ。 さっぱりだ」
案の定の答えにマーモンは小さく溜め息を吐くと、了を再びみやった。
「なら君は理解しなくていいよ。 それも『怪異に対する対処方法』の一つだからね」
「?」
獄寺と千種に向き直り、シニカルな笑みを浮かべてマーモンは口を開いた。
「さぁ、『君達の質問』を、受け付けるよ」
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